山林の保護と共生
大鹿林道の終点は観霧山荘で、ここまでで56キロ走ったことになる。
観霧山荘はかつて林務局の職員宿舎だったが、2004年の台風17号で建物が損傷した後、13年ぶりに再建された。山荘の入り口では樹齢100年近いムシャザクラが毎年3月になると見事に開花する。それと相対するように立つタイワンサッサフラスはやはり台湾固有種で、氷河期からの生きた化石である。2月の花期には黄色の花を咲かせ、青空に映えてとても美しい。
翌日、自転車を置いて、観霧を歩いてみた。
ボランティアの林玉琴さんと技術専門家の李声銘さんによるガイドで、我々はヒノキ林の遊歩道を選んで歩くことにした。30年以上ボランティアガイドを務める林さんは、タイワンベニヒノキとタイワンヒノキの見分け方を丁寧に教えてくれた。タイワンヒノキはまっすぐ天に伸びるが、ベニヒノキは枝分かれすることが多く、しかも菌類の浸食を受けやすいので根元近くが空洞になることがある。林さんによれば、林相はほかの同程度の高さの山と変わらないが、観霧国家森林遊楽区の特別な所は、この高さから「聖稜線」(雪山から大覇尖山まで3000メートル以上のピークが連なる稜線)が見える点だ。何日もかけて登山しなくても、楽山林道の3〜4キロ地点から、大覇尖山、小覇尖山、雪山と延々と連なる稜線が遠望できる。しかも、ここでしか見られないツリフネソウの仲間や、コガタタイワンサンショウウオも生息する。観霧で発見されたこのサンショウウオは、湿った石の下などを好む両生類で、やはり氷河期からの生きた化石だ。当時の台湾の気候を窺い知ることができる。
植物の判定は李声銘さんの専門だ。歩きながら目を配り、「これは撮影しないで」「あれはめったに見られない」と教えてくれる。アリサンハコベ、サイハイラン、シロカネソウの仲間、チャルメルソウの仲間、アリサンタビラコ、タイワンスミレ、ハッカクレン、シャクシジョウソウの仲間と、彼はどんな貴重種も見逃さない。
巨木林の遊歩道の下で、林玉琴さんは直径5ミリほどのベニヒノキの球果を拾った。鱗片を開いて見ると種子はゴマよりも小さく、これが目の前にそびえるような42メートルもの巨木になるのかと思うと驚きだ。「こんな小さなタネが、幾度もの天災や人災、昆虫、カビなどの攻撃に耐え、やっと大木になるのですから簡単なことではありません」と林さんは言った。
ふと気づくと、遊歩道に落ちた球果を、李さんが拾い集めて袋に入れている。「板の上では生存のチャンスがありません。土砂崩れを起こした所に行って撒いてやろうと思って」その後、崩れた斜面のそばを通りがかり、李さんは「ここは大きい木もなく、タネにとって日照も十分です」と言いながら球果を撒いた。それらの球果が大木に育つかどうかは未知数だが、そうなってくれることを思わず祈った。
今回の旅で新竹の林業の歩みにふれたり、かつて乱伐の危機に見舞われた山林が徐々に回復しつつあることも知った。自然との共生を図ってこそ、後々の世代まで森林の恵みを享受することができるのだ。
すがすがしい樹木の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、木漏れ日の落ちる林道を自転車で走る。すると急に霧が立ち込めてきた。道に沿って曲がると、崖の向こうを雲海が波のように流れる様が見えた。「観霧」の名を実感する。瞬時に表情を変える自然の美しさを目の当たりにし、風や光を肌で楽しむ。これぞ自転車の旅の醍醐味と言えるだろう。
張学良と趙四小姐の仲睦まじさを先住民の人々は今も覚えている。
コガタタイワンサンショウウオは台湾の固有種で、古代生物の生き残りである。湿った土地の石の下などに棲息する。(陳原諄撮影、雪覇国立公園管理処提供)
陽光が降り注ぐ林道。一面の緑の中、爽やかな空気を思い切り吸い込む。(荘坤儒撮影)