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雲の故郷を訪ねる

雲の故郷を訪ねる

自転車で行く新竹の林業跡地

文・鄧慧純  写真・莊坤儒  翻訳・松本 幸子

7月 2018

軟橋地域は家々の外壁のペイントで知られている。

新竹県のほぼ中央に位置する竹東鎮は、「樹杞林(モクタチバナ林)」という旧称を持つ。県道122号線が通っているので、ここを今回の自転車の旅の起点としよう。

竹東鎮には、地元の人の記憶と結びついたスポットがいくつかある。三民街にある蕭松如芸術パークは、赤レンガの塀に囲まれた、日本統治時代のヒノキ作りの宿舎で、蕭松如の旧居が保存されている。蕭松如とは、台湾美術史において著名な水彩画家で、新竹で40年近く教鞭を執っていた。大学に進まず留学もしなかった彼は、独学で西洋画のさまざまなスタイルを学び、自分の画風を築き上げ、国内の主な美術展で受賞を重ねた。

ここから800メートルほどの所には、「林務局新竹林区管理処竹東工作站」を改築した「竹東林業展示館」もある。竹東はその昔、東勢や羅東と並ぶ木材集散地だったが、1992年に天然林の伐採が禁止されて以来、林業は衰退し、今やほとんどその痕跡をとどめない。だが幸い「竹東林業展示館」がその歴史を伝えてくれる。

標高2000メートルにある観霧国立森林遊楽区。雪山から大覇尖山までを結ぶ聖稜線が最もよく見える場所である。

絵画とエコロジーの軟橋

県道122号線の22キロ地点に来ると、緑の山々や田園風景の中に、ポップな絵画の数々が現れる。電信柱には財神が、住宅の壁には客家の女性などが描かれており、この地区は「軟橋彩絵村」と呼ばれ、同県道の名物となっている。

コミュニティ・プランナーである彭松さんによれば、当初は「小黒蚊」と呼ばれるヌカカの発生を予防しようと、民家の外壁に生えた苔を除去し、壁を白く塗り替える予定だった。すると軟橋在住の呉尊賢さんが、その白壁に絵を描くことを思いついた。客家の農村生活や、さまざまな人がびっしりと描き込まれ、現代の浮世絵といった観がある。

これが評判になり、この小さな町を訪れる人がどっと増えた。だが彭松さんは「絵は町造りの一部にしか過ぎません。軟橋の最大の魅力は、エコロジカルな暮らしと文化的景観です」と言う。

レストラン「生活田荘」を経営する黎許伝さんは、30年前に教職を辞し、両親の世話をするため台北から故郷に戻った。彼によると「この辺りは上坪渓の沖積平原で、上坪渓を水源とする竹東圳(水路)は、今日では台湾の経済の命脈と言える新竹科学園区の水源となっています」という。

12年前、軟橋地区は有機栽培を推進し、農糧署指導の下、北部エコ集落の一つとなった。「ここには約300種の鳥類がいます」と言う彭さんは、鳥が巣作りするようにとカシやヤマモモを植えている。「エコには力を入れる必要はなく、放っておいて自然を取り戻せばいいのです」

県道122号線を行くなら軟橋地区で少し時間を取り、絵に彩られた集落を行くのもよし、田畑を回って風景を楽しむのもいいだろう。或いは黎許伝さんのレストランに寄って、オーガニックな客家料理を楽しむこともできる。

赤レンガの塀、黒瓦にヒノキ造りの日本式宿舎建築。蕭如松旧宅は生活感があり、時間がゆっくりと流れている。

先住民と若き元帥

ペダルを懸命にこいで坂道を上ると、県道122号線48キロ地点にある張学良旧宅に着く。

「私の人生は36歳までで、それ以降は何もない」と語った張学良の人生は、1936年の西安事件で止まり、後の人生はほぼ軟禁状態だった。1946年、恋人の趙一萩(趙四小姐)がひそかに台湾に連れて来られ、新竹の上井温泉(清泉集落)で2人の13年に及ぶ暮らしが始まる。それはまた、タイヤルの人々との出会いでもあった。

旧宅でガイドを務めるタイヤルの秀菊雅外さんが村のお年寄りの話を伝えてくれる。清泉に護送されてきた張学良には武装した護衛兵がついており、村人はその様子を見て要人だろうと想像したが、誰なのかは知らなかった。そんな彼らを結びつけたのは、1947年の二二八事件だった。事件発生による厳戒態勢で山の交通も封鎖されたため、張学良のところに食糧が送られてこなくなった。それを知った村人が村のサツマイモを集めて届け、張学良は難を逃れた。それ以後は張学良の要求で、食糧の3分の1を地元で調達することになった。村の財政の足しになるとともに、タイヤルの人々との交流が始まったのである。村の女性たちも趙一萩と親しくなり、そうした交流の様子を撮った写真も残されている。

再び県道122号線に戻ろう。この道は日本統治時代にヒノキ運搬のために作られたもので(井上道路)、林業の振興は先住民の生活にも変化をもたらした。例えば材木運搬のトラックが村人の交通手段になった。当時、村人たちが山や竹東へ行く際にはトラックの運行時間に道路に出て待ち、少しお金を払って載せてもらっていたという話を、秀菊雅外さんも母親から聞いている。

軟橋地域を訪れたら、客家の古い民家でヘルシーな客家料理を楽しもう。

伐採から森林保護へ

自転車をさらに山奥へと走らせ、土場集落を過ぎ、大鹿林道に入る。大鹿林道は戦後、国民政府が材木運搬用に作った道路だ。日本統治時代にはトロッコや索道で運んだが、大量には運べないので経済的価値の高い木だけが伐採されていた。

だが1960年代になると動力工具の導入で、林業は「全面的伐採」の時代を迎える。大鹿林道も開通し、大量の木材がこの道を通って竹東に運ばれた。材木の加工・集散地となった竹東は林業の町として栄えた。

だが、「1990年代、国の林業政策は天然林伐採全面禁止へと方向転換しました」と林務局新竹林区管理処竹東工作站の朱剣鳴主任は言う。1990年に林務局に入った朱主任は林業の変遷を目の当たりにすることになった。1995年には観霧国家森林遊楽園が設立され、環境保護教育やエコツーリズムが進められた。遊歩道を行くと、かつて木材運搬に用いた木馬道やトロッコ軌道の跡が見え、榛山歩道には木材運搬に用いた機具も残されている。近年は、本来の住人であるタイヤル族やサイシャット族の権利も叫ばれるようになり、数年にわたる協議の後、今年初めには林務局とサイシャット族との間で協力関係が合意されたし、パーク内にタイヤル広場を設置する予定もある。「動植物の保護だけではなく、人も尊重されるべきです」と朱主任は語る。

軟橋地域を訪れたら、客家の古い民家でヘルシーな客家料理を楽しもう。

山林の保護と共生

大鹿林道の終点は観霧山荘で、ここまでで56キロ走ったことになる。

観霧山荘はかつて林務局の職員宿舎だったが、2004年の台風17号で建物が損傷した後、13年ぶりに再建された。山荘の入り口では樹齢100年近いムシャザクラが毎年3月になると見事に開花する。それと相対するように立つタイワンサッサフラスはやはり台湾固有種で、氷河期からの生きた化石である。2月の花期には黄色の花を咲かせ、青空に映えてとても美しい。

翌日、自転車を置いて、観霧を歩いてみた。

ボランティアの林玉琴さんと技術専門家の李声銘さんによるガイドで、我々はヒノキ林の遊歩道を選んで歩くことにした。30年以上ボランティアガイドを務める林さんは、タイワンベニヒノキとタイワンヒノキの見分け方を丁寧に教えてくれた。タイワンヒノキはまっすぐ天に伸びるが、ベニヒノキは枝分かれすることが多く、しかも菌類の浸食を受けやすいので根元近くが空洞になることがある。林さんによれば、林相はほかの同程度の高さの山と変わらないが、観霧国家森林遊楽区の特別な所は、この高さから「聖稜線」(雪山から大覇尖山まで3000メートル以上のピークが連なる稜線)が見える点だ。何日もかけて登山しなくても、楽山林道の3〜4キロ地点から、大覇尖山、小覇尖山、雪山と延々と連なる稜線が遠望できる。しかも、ここでしか見られないツリフネソウの仲間や、コガタタイワンサンショウウオも生息する。観霧で発見されたこのサンショウウオは、湿った石の下などを好む両生類で、やはり氷河期からの生きた化石だ。当時の台湾の気候を窺い知ることができる。

植物の判定は李声銘さんの専門だ。歩きながら目を配り、「これは撮影しないで」「あれはめったに見られない」と教えてくれる。アリサンハコベ、サイハイラン、シロカネソウの仲間、チャルメルソウの仲間、アリサンタビラコ、タイワンスミレ、ハッカクレン、シャクシジョウソウの仲間と、彼はどんな貴重種も見逃さない。

巨木林の遊歩道の下で、林玉琴さんは直径5ミリほどのベニヒノキの球果を拾った。鱗片を開いて見ると種子はゴマよりも小さく、これが目の前にそびえるような42メートルもの巨木になるのかと思うと驚きだ。「こんな小さなタネが、幾度もの天災や人災、昆虫、カビなどの攻撃に耐え、やっと大木になるのですから簡単なことではありません」と林さんは言った。

ふと気づくと、遊歩道に落ちた球果を、李さんが拾い集めて袋に入れている。「板の上では生存のチャンスがありません。土砂崩れを起こした所に行って撒いてやろうと思って」その後、崩れた斜面のそばを通りがかり、李さんは「ここは大きい木もなく、タネにとって日照も十分です」と言いながら球果を撒いた。それらの球果が大木に育つかどうかは未知数だが、そうなってくれることを思わず祈った。

今回の旅で新竹の林業の歩みにふれたり、かつて乱伐の危機に見舞われた山林が徐々に回復しつつあることも知った。自然との共生を図ってこそ、後々の世代まで森林の恵みを享受することができるのだ。

すがすがしい樹木の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、木漏れ日の落ちる林道を自転車で走る。すると急に霧が立ち込めてきた。道に沿って曲がると、崖の向こうを雲海が波のように流れる様が見えた。「観霧」の名を実感する。瞬時に表情を変える自然の美しさを目の当たりにし、風や光を肌で楽しむ。これぞ自転車の旅の醍醐味と言えるだろう。

蕭如松旧宅。古い民家が緑に映えて心地良い。

張学良と趙四小姐の仲睦まじさを先住民の人々は今も覚えている。

鄧慧純撮影

コガタタイワンサンショウウオは台湾の固有種で、古代生物の生き残りである。湿った土地の石の下などに棲息する。(陳原諄撮影、雪覇国立公園管理処提供)

ムカゴシダ

ア リサンハコベ

ベニヒノキの球果

山の美はそこを訪れた者だけが味わえる。

朝焼けの雲海は観雲ならではの絶景である。

陽光が降り注ぐ林道。一面の緑の中、爽やかな空気を思い切り吸い込む。(荘坤儒撮影)