
今年、交通部観光局が企画した「自行車旅遊年(自転車旅行年)」は、さまざまな層の人が楽しめるよう、台湾全土でサイクリングルートを整備・活性化するものだ。そこで今回我々はペダルをこいで確かめてみることにした。そうした新たな自転車文化の進展具合と、台中ではどのようなサイクリング体験ができるかを。

緑があふれる潭雅神自転車道。風を受けながら樹木と花の香りを楽しむことができる。
冒険心をくすぐられ
「潭雅神緑園道」をゆっくりと自転車で進み、朝の陽ざしの温かさやアカギ並木の香りを楽しんだ後、大里渓沿いを「大坑風景区」へと向かう。「二号登山歩道」の手前で標識通りに進むと「東東単車(自転車)公園」に着く。オフロードの練習や大会に台中で最も適した場所だ。オフロード・レッスンを行なう「越野車小学堂」の発起人、劉宏一がここで練習していた。彼はロードバイクから始め、やがてオフロード車にのめり込み、名を馳せた。そして子供たちにも楽しさを知ってほしいとレッスンも始めたのだ。
「自転車文化は豊かで、しかも力があります」と言う。どのタイプの自転車でも愛好家が集まれば文化の生まれる可能性がある。劉宏一は自らの知識をレッスンに生かし、豊かな文化を体験させる。そこに自ずと人が集まってくる。
劉宏一は私たちにも練習させてくれた。「台中の大肚山にはもう1カ所、よりオフロードに最適な場所があります。知らない人が多いけれど、外国人の間では有名です」オフロードは初めてだったがおもしろかった。もっと良い場所があり、劉宏一のような達人が教えてくれるならと、翌日の午後に連れて行ってもらう約束をした。

アーティストの江心静が愛する芸術文化サイクリングコースには、かつての米軍宿舎をリノベーションした個性的なショップが並ぶエリアもある。
自由な生き方を選んで
山を下りて市街地に向かう。アーティストの江心靜と待ち合わせていた。彼女は友人と二人で自転車の旅をし、922日間で32カ国を回った経験を持つ。今回は文学・芸術的観点で台中を案内してくれるという。国立美術館からスタートし、路地や小道を通って審計新村、勤美誠品緑園道、国立自然科学博物館と回り、草悟道に戻ってくるルートだ。「この辺りはゆっくり見て回るべきです。米軍が残した洋館をリノベした店も多く、入口に自転車をちょっと止めて寄ることができます」
「現代水墨画の父」劉国松の最後の弟子でもある江心靜にとって、自転車は創作の泉でもある。「自転車は私にとって『自由』の象徴です。思い通りの速度で行きたい所へ行き、生活のストレスから逃れ、無計画なのでリラックスできます」

大坑山の奥にある清水巷の東東自転車公園。勾配やルートに工夫を凝らしてあり、マウンテンバイク愛好家には絶好の練習の場になる。
自転車文化を体験
台中にある中部サイエンスパークで働く人には共通の習慣がある。同パークの近くの「リス坂」という急な坂を朝の涼しいうちに自転車で走り、いったん帰宅してシャワーを浴びてから出勤すると心身ともに充実して働けるというのだ。坂でよく出会う人がいれば、自転車を止めて言葉を交わし、次は一緒にとサイクリングの約束もする。朝のサイクリングは趣味や健康法というだけでなく、人とふれあう新たな文化となっている。
翌朝6時、リス坂に行くとサイクルウェアに身を包んだ王怡文に出会った。「朝のサイクリングは1日を気持ち良く始められるし、同好の仲間と知り合えます」と言う彼女の案内で走った。路面の整備されたリス坂は、勾配やカーブの曲がり具合の難度は中程度だがスムーズなルートで、彼女と一緒に走ると面白さがよく実感できた。
早朝のサイクリングを終え、次に向かったのは自転車メーカー、ジャイアントの新本部ビルの横にある「自行車(自転車)文化探索館」だ。台中に来る前に我々は建築家の潘翼にインタビューしていた。彼によれば「探索館は最大の展示空間を生かすためにシェル構造を用い、屋根はジャイアントのロゴの形にしました」という。潘翼の作品は公共建築から企業ビルまで台湾各地に点在する。「デンマークのルイジアナ近代美術館の外にある、英国彫刻家ヘンリー・ムーアの作品がインスピレーションです。高低差のあるものを組み合わせた作品で、そこからジャイアント・ビルの高低の対比が生まれました。流動的なデザインは自転車文化からきており、流動的で自在な心を表しています」「外壁の色は厳選したブライトシルバーで、時間によって変化する陽光を反射し、自転車の躍動感を感じさせます」と語る。
「ジャイアントの創設者・劉金標が定年までに最もやりたかったのは、世界の自転車文化の進化を記録した場所を作ることでした」と、自行車文化探索館の最高執行責任者である汪家灝は言う。
自行車文化探索館の見所は多い。歴史、機能、製造技術、機械原理、材料、アートなど、自転車の各方面について展示され、再認識できる。
「自動車は速すぎ、徒歩は遅すぎるとすれば、自転車は真ん中。自動車はエンジンで、徒歩は足で進みますが、自転車は全身と大脳の協力で動きます」汪家灝は続ける。「共通認識を持つ人が増え、同様の行動様式を繰り返すとそこに文化が生まれますが、自転車も同じです。新たな乗り方に皆が楽しみを見出すと、そこに異なる層が生まれ、それが独特な文化となるのです」

出勤前の早朝のサイクリングでは、体を鍛えて集中力を高められるだけでなく、人間関係も広げられる。
愛好するそれぞれの理由
自転車アート作品のそばに立つ外国人がいた。フィリピン出身のマイケル・ビンセント・マナロで、同館の自転車アートの作者だ。ヨーロッパ各国で仕事をした後、台中に落ち着いた。「すばらしい国だったので、ここに定住を決めました」流暢な中国語で「台北と高雄にも行きましたが誰もが生きるのに忙しくて。でも台中はちょうどいい。特にここの自転車道が気に入りました」
マイケルは幼い頃から自転車が好きで、外国でも自転車通勤だった。ペダルを踏めば悩みも忘れる。台湾のバイク免許も持つが、足を使わない移動方法はつまらないという。「台湾人はサイクリングをより面白くしています。ルートが多様で、いろいろな人と知り合える。LINEグループも作りました。自転車からほかの意義が生まれています」芸術によって自転車文化をさらに豊かにするマイケルは、台中のあちこちを回り、お気に入りのルートを皆とシェアする。「大肚山の北側に『黒森林』という海の見えるレストランがあって人気があります。その近くには多くの小道があって、見かけるサイクリストはほとんどが外国人です」最後にマイケルはふと思い出してこう言った。「『外国人(老外)林道』という道もあって、すばらしいルートですよ」この外国人林道こそが、劉宏一と約束したオフロードだった。
向上路五段にあるゲートを抜けるとそこは林で、道も交錯していた。Googleマップにもない道なので台湾人は知らないのに自転車好きの外国人がやってくる。しかも彼らは走り心地をよくするため、力を合わせて泥土の道を手作業で舗装した。それで「外国人林道」と呼ばれるのだ。
だが外国人の方では早くからこの道の起点に「ジャングル・バニー」と道名を掲げていた。ウサギが跳ねるような乗り心地があるからだ。

ジャイアントグループ本社のある建物は、まるで銀色の川を思わせる。
大会に出よう
ジャングル・バニーには達人が集まっており、その中にマイク・ダットン(中文名は杜邁高)がいた。この道と、そして国際的マウンテンバイク大会「スーパー8」のルートを整備する人々の一人で、カナダ出身だ。「ここにはよく来て道のメンテナンスをしています」「ただ最も心血を注ぐのはスーパー8のルートですけれど」スーパー8のルートと外国人林道は、ちょうど大肚山の両側に分かれており、風景も全く異なる。老外林道には木が多いが、スーパー8の方は高速道路に面し、灌木がまばらに生える土の斜面で、メンテナンスもより難しい。
向上路五段を最後まで来て60-1区道に入ると亨徳紀念公園が見える。そこから折れる坂道を下るとスーパー8のスタート地点だ。「スーパー8の期間だけこの道は大会のルートになります」とスーパー8創設者である陳大軍が説明してくれた。「この土地は政府のもので、普段は誰でも自由に入って練習できます。面白いですよ」
スーパー8は大肚山のきつい勾配の斜面で行われ、泥土の粘度も高いので、競技用に人の手でルートの角度やカーブの形を調整する。
参加者は「結果の順位にはこだわらない」と口をそろえる。「大会によってマウンテンバイクの世界がより面白くなり、達成感が高まればいいのです。楽しむことが大切です」自転車は多くの人の励みになると陳大軍は考える。「自分への挑戦は年齢に関係ありません」杜邁高を含むすべてのサイクリストが「何歳になっても両足が動く限り自転車に乗り続ける」と断言する。

自転車文化探索館では、自転車の歴史や製造技術などにも触れられる。
足で決められる速度
続けて台湾大道六段まで行き、鹿寮排水路に沿って北上すると、ちょうど黄昏時の高美湿地に着いた。発電用大型風車13基が沿岸に屹立し、世界的に有名な美しい風景が広がる。2018年に整備完了した高美海堤自行車道を進んだ。
最後に、海に伸びる「観夕木桟道」の入り口に自転車を止めて桟道を歩いた。強い海風と日没の残照を受け、色とりどりの波紋が水面を動く。
人は自転車より速い移動方法を見つけたが、一方で自転車の性能や種類は多様化して異なる文化を生み出し、人々の暮らしに溶け込んでいる。自分探し、人とのふれあい、生活の見直し、自由への探求など、人によって異なる乗り方を楽しみ、それぞれが豊かな収穫を得ている。

自転車アートで物語を表現するアーティストのマイケル・ビンセント・マナロ。マナ

自転車で外国人林道を行く感覚は、標識を見ればわかるだろう。

足が動く限りペダルを踏み続けるというのがオフロードバイカーの精神だ。

オフロードバイク愛好家を惹きつけるチャレンジに満ちたスーパー8コース。

夕暮れ時の満ち潮の高美湿地は昼間とは表情を大きく変え、幻想的な姿を見せる。