亀山島海域は台湾桜エビの産地の一つだ。
世界中を見渡しても、日本と台湾の沖合でしか漁獲されていない。そしてわずか5センチにも満たない体長ながら、2021年には台湾の東港や亀山島近海で漁をする人々に4億元を超える収益をもたらした。
小さいからといって決して侮ってはいけない。台湾にとって大切なこの海産物とは、桜エビである。
6~10月までの禁漁期間を終え、11月の屏東県東港では、108隻の桜エビトロール船が忙しく漁を開始していた。干し桜エビは台湾ではキャベツ炒めやチャーハンに欠かせない具材だが、東港にある塩埔漁港の競り場に来れば、その日に水揚げされたばかりの桜エビが見られる。午後に競りが終わると、桜エビを載せた冷凍車が次々と加工場に向かう。
亀山島海域で捕獲された桜エビが並ぶ。
光り輝く脇役
『光華』取材班は屏東県南州郷にある佳辰実業を訪れた。漁期開始で生産ラインは残業続きだ。鮮度を保つため、時間との戦いになる。
佳辰実業はかつて日本輸出用の鰻の蒲焼きを加工していたが、2009年に日本の顧客の委託を受け「生食用」桜エビの加工を始めた。
「生食用の商品は鮮度の管理が重要です」桜エビの9割以上を日本に輸出する佳辰実業の楊雲裕総経理は、競りの段階で混獲物の割合が少なく、十分に新鮮なものを見極めて選ぶことが最も重要だと説明する。工場に運んだ桜エビはまず人の手で選別される。小魚やほかのエビが混じっていないか3人1組で1人ずつ確認をする。3段階のチェックをパスしたエビを、次は海水と同じ濃度の塩水で3回洗浄する。それを急速冷凍したものが「生食用」の桜エビで、醤油やワサビをつけてそのまま食べられる。
佳辰実業の葉瓊瑜部長は、「生食可能」な桜エビは、ほかの新鮮なエビと同じで身が甘く、軍艦巻の寿司ネタになると言う。
塩水を加えて蒸した、つまり「火を通した」桜エビは、日本に輸出されて飲食店やスーパーに流通し、さまざまな料理に用いられる。毎年3月頃からの桜の季節には、桜エビ料理は人気メニューだ。スーパーでは、火を通してあるので解凍すればそのまま食べられる桜エビが売られ、酒の肴にも使われる。
台湾で料理に使われるのは、たいてい干し桜エビだ。4キロの桜エビを干して乾燥させると1キロに減ってしまうが、香りはぐっと増す。チャーハンにどっさり入れたり、茶碗蒸しや卵炒め、大根もちにも加える。または宴席での桜エビ油飯(おこわ)や、西洋料理では桜エビパスタ、おやつなら桜エビとアーモンドのミックスや、桜エビかき氷まである。
料理に味を添えたり飾りに使われる、言わば脇役のこのエビは、小さくて身も少ないが、干した後の市場価格は1キロ約3000元、平均単価に換算するとかなり高価だ。桜エビが台湾と日本の静岡県駿河湾でしか獲れないという希少価値のためである。
大渓漁港でまず混獲物を取り除き、それから工場へ送る。
正体がわかって一躍人気に
桜エビは1950年代には台湾の東港で底引き網にかかっていたが、漁師たちはその価値に気づかず、エビやカニの餌として安値で売っていた。
それが1982年、日本の貿易商に1箱300元以上で売れるのがわかり、東港の漁師たちは桜エビ漁専門のトロール船を作り始めた。
1988年には「桜エビの父」と称される日本の研究者‧大森信氏が台湾海域の桜エビを日本のと同種であると確定し、桜エビは日本への輸出品として引っ張りだこになった。
桜エビの中国名は「正桜蝦」。東港区漁業組合推進部の王志民主任によれば、桜エビの名前は江戸時代の伝説に由来するという。ある日、漁師が酒に酔って漁船で寝てしまい、夜中に目を覚ますと、海中を桜エビの群れが発光しながら泳ぎ、まるで桜の花びらが漂うようにキラキラと透けて見えたことから、この名がついたという。
「桜エビは体中に赤い色素を持ち、約160個の発光器があるため、生息域である150メートル以下の光のほとんど届かないような深海では発光している姿が見られる」と論文にもある。農業部(農業省)水産試験所沿近海漁業生物研究センター(以下「近海漁業センター」)の陳守仁研究員、台湾の「桜エビ博士」の論文だ。
桜エビの漁場は高屏渓河口から小琉球、枋山沖などで、中でも高屏峡湾と枋寮峡湾が主な漁場だ。毎年桜エビの追跡調査を行っている近海漁業センターの翁進興主任による分析では、それぞれ後寮渓と東港渓の流れ込むこの二つの湾には豊富な栄養源があり、桜エビの恰好の餌場となっている。日本の桜エビ漁場である駿河湾とその周辺も同様の条件を持つ。
宜蘭県頭城鎮大渓漁港で荷を下ろす桜エビ漁船。
桜エビで危機を脱す
楊雲裕さんは静岡県由比漁港の桜エビ漁獲量を毎年調べている。それによると2018年と2019年に秋漁の漁獲量が激減、それまで1000~800トンだったのが300~400トンに減った。休漁でやや持ち直したが、そこに新型コロナ感染拡大となり、産業全体が深刻な打撃を受けた。
一方、台湾の桜エビ業界は好景気が続いている。漁業署の統計によると、一定規模で桜エビ漁を行うようになって以来、年漁獲量は800~1200トンを維持し、しかも乱獲を避けることで価格の安定を図っている。これは生産販売グループを立ち上げた東港区漁業組合の鄭福山書記と漁師の林江龍氏が描いた長期ビジョンによる賜物だ。事の発端は30年ほど前にさかのぼる。
1990年代、近海の漁業資源が減少を続けているのと、漁業技術の進歩が遠洋漁業の発展を促す中、3代にわたって近海で底引き網漁を続けてきた漁師たちは仲買人に買取価格を抑えられ、廃業を考える人も出始めていた。
それが桜エビの出現で救われた。もう仲買人の言いなりにはなりたくないと、林江龍さんは周りの漁師に声をかけ、共同で生産販売を行うグループを立ち上げた。だが最初はこっそり個人売買を続ける人がいて、1年足らずで生産販売グループは失敗に終わった。1992年にグループを再編し、やっと軌道に乗ったのである。
東港で捕獲された桜エビは競りでしか販売できない。(東港区漁業組合提供)
漁獲量の制限
今年(2023年)、東港の桜エビ1ケース(15キロ)の平均落札価格は7000元で、1994年の600元から11倍以上になった。成功のカギは、漁獲量の制限によって価格をコントロールしていることだ。これによって経済効果と資源保護の両方が実現できた。
まず組合は「漁業法」に則り、桜エビ漁を行うためには、生産販売グループに加わって「漁獲許可証」を取得しなければならないと決めた。これによって漁船数の制御が可能になった。
次に、11月~翌年5月にだけ漁獲できると決め、かつ週休2日とした。また漁船総数と資源量に基づいて漁船1隻当たりの1日の漁獲上限量も定めた。例えば今年は1日12箱、計180キロを超えてはならない。多く獲り過ぎた場合は、他の漁船に回すか、海に戻すかを選択でき、違反者には漁獲物没収または20万元の罰金が科せられる。
しかも、もし漁獲したエビの半数が「頭黒」(頭が濃い緑色をしている)なら、産卵期の真っ最中だということなので、エビを産卵させるため、全漁船を1週間休漁とする。
こうしたルールはこの30年間絶えず調整が行われ、むしろ厳しさを増しているが、漁師たちは納得して従っている。「獲り過ぎはかえって損だと知っていますから」と王志民さんは言う。
東港塩埔漁港にある桜エビ競り場。(東港区漁業組合提供)
頑張りすぎる必要はない
実はこれらの決まりは漁師にとって受け入れがたいものだった。どんなに天気に恵まれても禁漁期間には漁に出られない。また漁獲物を再び海に捨てるのは漁師にとってタブーで、神罰が下るとされている。このため東港区漁業組合では長い間話し合いを繰り返した。それでやっと「頑張って多く獲ってももうかるわけではない」ということを皆が理解するようになった。
桜エビは、日の出とともに100~200メートル潜り、日没後に浮上を始めることを繰り返す。翁進興主任の説明によると、桜エビが昼間に潜るのは捕食されないようにするためで、暗くなってから浮上して餌となるプランクトンを探す。この時、桜エビの密集度が最も高くなる。
以前の漁は夜中12時に出港して漁場到着が夜中1時か2時頃。これは捕獲に最適な時間帯だった。網に設置された深度計で桜エビのいる深さに達したことを正確に把握し、一網打尽にできるようになった現在では、漁業組合が午前4時以後の出漁を呼びかけている。王志民主任は「漁に最適な時間帯を意図的に避けることで、資源枯渇を防止しています」と話す。
1日の漁獲量制限もあるので、漁場への負担を効果的に減らせた。競り方式にした後は、漁船1隻の日収は会社員の月収を上回るようになり、漁師たちはようやく「頑張らない方が利益につながる」ことを理解した。
「東港方式」の成功は日本の注意も引き、6年前には日本の「桜エビの父」大森信氏が東港を訪れ、「台湾は日本よりうまくやっている」と褒めたほどだ。
人の手で混獲物が取り除かれる。(佳辰実業提供)
ブルーシーフードを目標に
1996年に水産試験所は宜蘭県亀山島海域でも桜エビの群れを発見し、2004年から漁の指導や相談を行っている。
かつて生産販売グループに加わり、亀山島頭城鎮民代表会の代表だった簡英俊氏によれば、2014年には東港方式を参考に、頭城区でも生産販売グループを設立し、毎年2~8月限定で漁を行い、6月1日~7月14日には休漁している。
しかしここ数年は亀山島と東港の桜エビの漁獲量も減少している。近海漁業センターの翁進興所長は「漁業資源は15~20年周期で増減を繰り返していますが、近年は環境の変化の影響が考えられ、資源の枯渇を避けるには年1000トン以内の総量規制を目指すべきでしょう」と言う。
しかし東港区漁業組合は、桜エビの将来は明るいと楽観視している。王志民主任は、桜エビ観光工場の設立やMSC(海洋管理協議会)によるブルーシーフード(持続可能な水産物)認証の取得を目指し、桜エビを国際的に普及させたいと考える。桜エビは台湾にとって天から授かった大切な海洋資源なのだから、大切に守り育てたい。
宴席でよく出される桜エビ油飯(おこわ)。
台湾ではポピュラーな桜エビチャーハン。
アーモンドと桜エビのミックスはカリカリした食感で、お茶請けやおつまみに最適だ。
生食可能な桜エビを乗せた軍艦巻き。
夏には桜エビかき氷も楽しめる。
加熱用の桜エビを用いた小皿料理。(佳辰実業提供)
東港華僑市場で売られる桜エビなどの乾物類。
東港は台湾桜エビの主要産地の一つだ。