台湾料理に欠かせない米酒は故郷を離れた台湾人が懐かしむ味だ。台所から食卓まで、誕生から死まで、それは常に台湾人の身近にある。
米酒は台湾だけで造られるわけではないが、台湾では卵よりも人々の暮らしに深く関わってきた食品だと言える。台湾菸酒公司(以下「台酒公司」)の統計によれば、酒造が自由化される以前、台酒公司製造の「紅標(赤ラベル)米酒」は年に最高2200万ダースを売り上げたことがあり、平均すると年に1人10本使ったことになる。
生活に欠かせないので、政府は紅標料理米酒の価格を抑えてきた。1977~1996年には1本わずか16元、現在でも25元だ。
世界貿易機関(WTO)への加盟で民間の酒造が許可された後も、台酒公司の米酒は価格の低さもあって98%という圧倒的市場シェアを誇る。
台酒公司台中工場は、台湾の米酒生産の中心地だ。写真は工場内にあるステンレス製発酵タンク。
各種米酒のさまざまな用途
台酒公司の米酒は主に宜蘭、台中、屏東、花蓮の4工場で生産される。台中工場の鄭明鐘工場長によれば、台中市西屯区にある台中工場は、南北の中間にある利便性から生産量はトップで、総生産量の4割を担う。
長年にわたるブランドなので、さまざまな米酒を製造してきたと、鄭明鐘工場長がその歴史を語ってくれた。台湾の米酒は、かつては漢人の伝統的な「在来法」で造っていた。米を蒸して白麹を加え、発酵後に蒸留する方法だ。その後1927年、台湾総督府専売局(台酒公司の前身)によってアミロ法が導入された。これはアミロ菌による糖化と酵母による発酵によって成功率を高めたもので、そこにブレンド用アルコールを加えることで量産を可能にし、当時の原料不足の問題も解決した。これ以降の米酒には在来法による米酒のような酸味はなく、すがすがしくシンプルな米の香りだけを残すようになった。
戦後、総督府専売局は菸酒公売局となり、高度経済成長を成し遂げた1980年代、米酒を味わって飲むことが盛んになった。菸酒公売局でも高級酒として純米米酒が造られるようになり、アルコール度数34%の「米酒頭」や、22%の「稲香酒」(すでに製造中止)が売り出された。稲香酒に緑茶を加えて飲むと疲労回復や集中力増強に効くと言われ、台湾南部でその飲み方が流行していたと鄭工場長は当時を語る。
2002年のWTO加盟で、蒸留酒である米酒はブランデーやウイスキーのように高い税が課され、1本わずか20数元だったのが180元に値上がりした。そのため一時は買いだめする人が続出、メタノールを使った密造米酒による死亡事件まで起こった。
混乱の鎮静化のため、経済部(省)は米酒を「台湾の特殊な飲食文化」としてWTOと交渉、また台酒公司も0.5%の食塩を加えた米酒や、アルコール度数20%、40%、58%と異なる濃度の料理酒を生産し、飲む米酒と区別した。
だが食塩を加えて味が変化したこと(少し苦みがあると感じる人がいる)や、漢方薬の効き目に影響するといった理由で、消費者には受け入れられなかった。とうとう政府は「タバコ酒税法」を修正し、塩を加えたものを「一般料理酒」、度数20%以下を「料理米酒」として分け、これで騒動もなんとか収まった。これが紅標料理米酒が度数19.5%である理由だ。
では、さまざまな種類の米酒を、消費者はどう選べばいいのだろう。その点も、鄭工場長が説明してくれた。ブレンド用アルコールを加えた低価格の料理米酒はすっきりとした味わいなので料理の味に影響しにくい。一方、香り高く度数も高い純米米酒は、飲んだり薬膳に使うのに適している。純米米酒(米酒頭など)は香りが良いので料理に使うことを好む人は多いものの、含まれる油分の濃度も高いので、肉汁と混じると苦みが出てしまう。
ほかにも台酒公司では、業務用のプラスチック6リットル容器入り紅標料理米酒や、台湾では産後の栄養食として一般的な「麻油鶏」(鶏スープ)用のノンアルコール「紅標米酒水」も販売する。
特筆したいのは、近年積極的に新商品を開発する台酒公司が、少量の酒類を加えたインスタントラーメンを打ち出して評判になったことだ。中でも紅標米酒の入った麻油鶏ラーメンは年に2~3億元を売上げ、輸出もされている。
台酒公司社員が蒸留機から取り出した、出来たての新酒は、特にピリッとした刺激があり、濃厚な香りがする。
料理だけでなく
米から酒を造るのは、稲作文化を持つ国ではよく見られ、日本の清酒、韓国のマッコリ、ベトナムにもルオウ・カンがある。だがこれらが醸造酒であるのに対し、台湾の米酒は蒸留酒だ。蒸留するので香りがシンプルで各種料理に合う。またアルコール度数も高いので、肉などを漬け込むとよく浸透する。
台湾では炒め物や漬け込み用など家庭料理のほかに、鉄板焼き、ヤギ肉鍋、鶏スープ、薬膳スープなどの料理やソーセージ作りにも米酒を使う。風味付けにカクテルに入れたり、点火させて劇的効果を出すこともある。原住民族の人々は伝統の粟酒の代わりに、コンビニですぐ買える純米米酒を飲むことも多い。
冠婚葬祭にも使われてきた。高雄餐旅大学飲食文化及びイノベーション研究所(大学院)の蘇恒安教授によると、米酒は新婦が結婚の際に携える12品のうちの1品だ。また産後の栄養補給や成人の祝い、寝床の神様を祀る際に必要な麻油鶏と油飯(おこわ)にも使われるし、葬儀や宗教儀式の魔除けにも欠かせない。
不思議なのは、筋肉をほぐして血液循環を促進し、寒けを取り除く効果のある米酒が、高温多湿の台湾で好まれることだ。だが蘇教授は、この特異な点こそが文化の特性なのだと強調する。
瓶詰めされた米酒。このあとラベルを貼って出荷する。
産後の必需品
台湾人にとって米酒の最も重要な用途の一つは産後に食べる麻油鶏だろう。「無事出産すれば鶏酒の香り、出産できなければ4枚の板(棺桶)」という言葉があるほどだ。
台湾で産後の料理に米酒を使うのは民間に長く伝わる習慣だが、これが社会に広く浸透したのは1980年代のことだ。中医学の荘淑旂博士が、米酒3本を1本分にまで煮詰めてアルコール分を飛ばし、産後の料理に使うことを推奨したのだ。台酒公司でもこのニーズに応え、アルコール度数1%未満の紅標米酒水を打ち出した。
産後食を販売する「紫金堂」の研究開発ディレクターである高玫さんは、台湾の産後食はたいてい荘博士の理論の影響を受けていると言う。だが産後のアルコール摂取は避けたいと、紫金堂は工研食品との協力で、米酒に代わる「月子水(産後水)」を開発した。台東県池上産のモチ米、宜蘭産の水を原料に、酒醸(米から作る発酵食品)や味噌を作るように、モチ米を米麹の上にまいて発酵させて作る。ただし糖化の段階で発酵を止めるため、アルコール分は含まれない。
米酒に代わり得るこの月子水は、だしスープとして産後食に使える。産後の母体は授乳のため大量の水分を必要とするが、月子水は甘くも塩味にもできるので、煮込み料理やスープのほか、スイーツやドリンクのベースとしても使える。また高齢者や慢性疾患を持つ人が使うのにも適している。
産後の1カ月間、母体を休ませ、滋養のある特別な食事をとる「坐月子」という習慣は、華人文化圏には広く見られ、台湾だけの習慣ではない。だが産後食を本格的な商品として発展させ、海外にまでマーケティングを展開しているという点で、台湾は他の追随を許さないと、高さんは指摘する。もちろん紫金堂の月子水も海外でも販売されている。こうした展開は米酒の存在なしには語れない。
台中工場の鄭明鐘工場長。
料理人の語る米酒
台湾で米酒がこれほど普及したのは何世代にもわたる文化の蓄積であり、普及の原因を特定の人物や事件に帰することは難しい。だが、その人気の原因を台湾料理の林祺豊シェフに聞けば、いくつかの考えを示してくれるだろう。
我々は高雄市に移動し、「台湾料理の詩人」林祺豊シェフのプライベートキッチン「三禾清豊」を訪れた。築半世紀超の建物にあるこの店は、木製棚や籐椅子、レトロな装飾タイルなどが古風で典雅な空間を演出している。
「2004年の台湾菸酒公売局による第1回『稲香料理米酒料理コンテスト』台湾料理部門で、私は1位でした」と、林シェフは米酒との長い付き合いを語る。各地を旅して食材を探すのが好きな彼は、収集した米酒をテーブルに並べてくれた。
定番の紅標のそばに、昔懐かしい「碗頭仔(台湾語で「小碗」の意)」がある。林さんの祖父が食卓に欠かさなかった組合せだという。林シェフお気に入りの2種は、台酒公司花蓮工場が花蓮産の水で造った特級紅標純米酒、それに台南市の意源農舎が天日干しした米で造った地酒だ。
林シェフによれば、台湾料理の味は、香味野菜、スパイス、調味料(塩、砂糖、米酒)の組合せで決まるという。まず香味野菜を炒めて香りを出し、その次に米酒の投入だ。
彼は、高雄餐旅大学厨芸学部の楊昭景学部長のまとめた「台湾料理の17タイプの味」を挙げて説明してくれた。ひね生姜と米酒の組合わせが基本で、そこにゴマ油を加えると定番の「ひね生姜とゴマ油タイプ」の味になる。つまり台湾料理を語るには米酒が欠かせないのだ。
西洋料理にはワイン、浙江料理には紹興酒や花雕酒が使われる。米酒には醸造酒ほど芳醇な味わいはないが、軽くてピュア、控えめで無限の変化を生み出す。林シェフは、米酒には台湾人の「次男気質」が感じられるという。「決して目立とうとしないが、重要な場面には必要な存在」だと。
テーブルにシジミやハマグリ、トコブシなどの醤油漬けが出された。葱やニンニクなどとともに何日間も漬け込んだものだが、米酒が防腐剤の役割を果たし、また味を染み込ませる効果も持つ。
次の料理は、新鮮なサバヒー(虱目魚)素麺だ。ほんの少し米酒を加えるのはうま味を引き出すためで、魚の臭みを消すためではないと林シェフは強調する。
最後は麻油鶏酒だ。アルコール度数が高いのでわずかに苦みを感じるものの、味は豊かでバランスがとれている。「この種の苦みはむしろ残したいものです」と彼は言う。
煮物に入れたり漬け込み液に入れたりと、米酒の用途は多い。独特の甘みとコクがあり、ピュアだが軽いわけではなく余韻を残す。米酒がなぜ台湾人に愛されるのか。そのわけの一端を知ることができたような気がする。
台中工場では1日8000箱(1箱20本)の米酒の製造が可能で台湾トップの生産量を誇る。
台酒公司の米酒は種類が多く価格も手頃なので、消費者はニーズや好みに合わせて選べる。
原住民族の伝統儀式でも米酒が使われる。写真は台南市大内区にあるシラヤ族集落での「太祖夜祭」の様子。
紫金堂は産褥期の女性と新生児のために、ノンアルコール「月子水」を開発した。自社の料理に用いるほか、商品として販売し、海外にも輸出している。
紫金堂の研究開発ディレクター、高玫さん。
台湾に伝わる「無事出産すれば鶏酒の香り、出産できなければ4枚の板(棺桶)」という言葉から、産後食には麻油鶏(米酒で煮た鶏スープ)が欠かせないことがわかる。
台湾料理は米酒をよく使うのでプロの料理人は片手で2本同時に注げる。
ゴマ油とひね生姜、そこに米酒を加えるのが台湾料理定番の味だ。
麻油鶏に入れる米酒のアルコール分は煮込む過程で飛んで、ほとんど残らない。
麻油鶏には高濃度のアルコールを加えるので、ほんのりと苦みと甘みがあり、料理の味に深みを与えている。
サバヒー素麺に少量の米酒を加えることで食材の新鮮な味が引き立つ。
台湾料理のきまりに従い、香味野菜(ニンニク、唐辛子)、スパイス(甘草)、調味料(醤油、米酒)で漬け込んだ貝類。米酒は味をよくしみこませ、防腐剤の役割も果たす。
「三禾清豊」の林祺豊シェフ。