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台湾をめぐる

歳月が生み出す風味

歳月が生み出す風味

-- 干し大根の古漬け

文・曾蘭淑  写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

11月 2024

晨捷農場の劉美霞さんの手作り。緑豆のでんぷん粉で作った涼粉に黒い干し大根を加えた料理。さっぱりして夏にぴったりだ。

昔からの知恵を活かしつつ、現代の美食家にも愛される食品とはどのようなものだろう。

台湾食文化の推進を自らの使命と考えるグルメ作家の徐仲は、4つの基準を挙げている。第一は常温で保存できること。第二は歳月をかけて熟成させることでより価値が高まること。第三はローカルな食文化と深く関わっていること。第四は民族の特色を表わしていることである。

その答えの一つに、黒蘿蔔乾、または老菜脯とも呼ばれる干し大根の古漬けが挙げられることは間違いないだろう。

『台湾光華』取材班が桃園市龍潭区の晨捷農場を訪れると、びっしりと並んだ陶器の甕が日差しを浴びて輝いていた。ここのオーナーの劉美霞さんは「これほど多くの干し大根を漬けているのは、契約している小規模農家の方が、1万斤(1斤は600グラム)を10万斤と聞き間違えたからです」と言って笑う。

美しい誤解

30年余りにわたって印刷装丁の仕事をしてきた劉美霞さんが、塩漬け干し大根を作り始めた経緯を話してくれた。1996年、彼女は過労から病気になり、自分が食べるものがどこから来ているかを重視するようになった。そして屏東県の恒春で「見たところ硬そうだが、食べてみると非常に柔らかいカラシナ」を発見した。これは漬物の良い素材となる。また、そこの赤土に植えた牛杙仔大根は、恒春の強い日差しと山から吹き下ろす風を受けて、格別に甘く育つことを知った。

龍美霞さんは以前は60余名の社員のために料理を作っていたことがあり、余った玉ネギやキュウリは漬物にして保存していた。その腕に自信があった彼女は、しばしば各地の名人に挑戦状を出し、梅の紫蘇漬けや豆腐乳などの保存食作りの腕を競っていた。そして恒春で良い食材を見つけたため、現地の農家と契約し、大根1万斤を購入して塩漬け干し大根を作ることにしたのである。

ところが、届いた大根は10万斤もあり、言い争いになった。だが農家の人に「台北人はすぐ前言を覆す」と言われ、台北人の名誉のために無理をして10万斤を引き取ったのだという。

「農家の方は10万斤の大根を収穫すれば、疲れ切って病院に行かなければならないほどですが、私たちも大根を洗って塩漬けにするのに大変な思いをしました。私は工場で働いていたので、何とかなりましたが」と言い、こちらも思わず笑みがこぼれる。彼女は「宿命なら受け入れなければならない」と考えており、精神修養と考えて、2~3ケ月をかけて大根を干して漬けた。

この間違いは間違いとして、以来、毎年10万斤の大根を漬けるようになり、1600を超える甕を用意し、苦労を「家宝」を持つ喜びとしている。

食文化研究者の徐仲は、熟成して黒くなった干し大根(老菜脯)は台湾の風土を代表する味だと考える。

塩味は和らぎ、糖分は発酵する

恒春の大根は中秋節後の45日ほどで収穫できる。劉美霞さんはまず1000斤の大根を洗い、粗塩で5日間漬ける。大根50斤あたり3斤の塩が必要だが、何回かに分けて塩の量を試し、柔らかくなる程度を見て塩の量を決める。それから甕に入れて砂糖を加え、8か月をかけて発酵させる。

そして翌年の8~9月、大根を甕から取り出して天日に干す。その話によると、一度に5日連続干すと、大根が日に焼けてダメージを負ってしまうため、3日干して2日休ませ、水分の変化を見ながらさらに2~3日干すそうだ。天日に干す際の並べ方にもコツがある。大根は隣りのものとくっつくようにぴったりと並べることで、互いの水分によって柔らかさを保たせる。1本1本の間を広く取ったり、しっかり広げて干すと乾きすぎてしまい「死蘿蔔」という状態になってしまう。

こうして天日に干した大根は、そのまま甕に入れて封をし、年月をかけて熟成させる。劉美霞さんによると、甕によって仕上がりは異なるが、3年置くと「黒蘿蔔」と呼ばれる黒っぽいものになり、汁は赤茶色を帯びる。10年置くとさらに黒光りする状態になり、そのまま切って口に入れると、柔らかい歯ごたえの中に甘味と塩味が広がり、のどを潤す効果もあるという。

劉美霞さんのこの付け方は、美食交流協会の徐仲理事長から「職人の逸品」と称えられている。「塩漬けで生まれる食感と、砂糖の発酵で得られるうま味が劉美霞さんの干し大根を生み出していて、まるでサツマイモの蜜漬けのような感じです」と徐仲は言う。彼は、3年物の黒い干し大根をスライスしたものと「恒器製酒廠公司」のサツマイモ酒が絶妙に合うと推薦し、この組み合わせのギフトセットもよく売れている。

普通の食材も歳月をかけることで味わいを深めていく。

歳月が生み出す価値

十数年にわたって塩漬け干し大根を研究・探求し、コレクションしてきた徐仲は、食品の保存方法として、燻製、浸漬、脱水、発酵の四つの方法が挙げられるという。例えば、酒やチーズ、干し大根などが挙げられるが、なぜ干し大根が台湾を代表する味覚だと考えるのだろう。

通常、食材は時間をかけて熟成させることによって味に深みを増していくが、それは干し大根も同じだ。「北回帰線の通る台湾の、この緯度の日差しでこそ出る独特の風味なのです」と、徐仲はロマンチックな表現をする。紫外線が大根のポリフェノールに影響を及ぼして特殊な風味が生まれるのである。大根はもともと硫黄を含んでいて殺菌効果がある。ただ、水分量が多いため、日に干すことでポリフェノールが変化し、さらに長年寝かせることで空気中の乳酸菌によって発酵し、それが台湾特有の味わいを出す。

彼は140年物の古い干し大根をコレクションしていると言いつつ、すぐに「これを信じるかどうかは自由です。科学的な鑑定や厳密な認証はありませんから」と言い足した。

干し大根の古漬けについては、さまざまな言い伝えや噂がある。おばあさんのベッドの下から年代物の干し大根が出てきて、陳年プーアール茶のように真っ黒で、高値で売れたという話もある。しかし、中には高温で酵素を働かせ、速成で黒い干し大根を作る業者もいる。

晨捷農場の劉美霞さんは思いがけない誤解から、大量の干し大根を漬けることとなった。

エスニックの特徴

漬け物には民族性が現われるという。徐仲は、キムチの酸味と辛味と強烈な風味には韓国人の民族性が現われていると考える。では、台湾の民族性とは何だろう。比較的穏やかでゆったりしており、干し大根入りのチキンスープのように、派手ではないが、スープの味に深みと甘みを加えるのである。

徐仲はまた、同じ干し大根の漬け方や形から、エスニックの違いが見て取れるという。

その話によると、彼が多くの農家を訪ね歩いた経験から、絶対に正しいとは言えないが、大まかに分けることができるという。例えば、客家の人々は干し大根を日常の料理に合わせて使う。ラードを取った後の油かすと干し大根を炒めたり、チマキや草餅の餡に入れるなど、閩南人より日常的に使う。閩南人はスープや煮物の隠し味に使うことが多い。

台湾の南北各地を訪ね歩いてきた徐仲の分析によると、梅花や白娘といった大型の品種の大根を縦に二つか四つに割って「細長い干し大根」にするのは中部の閩南人が多い。さらに細い棒状に切って甕に入れるのは北部の客家人だ。また白玉品種などの小さな大根を平らに押し固めて朝鮮人参のように見える形にするのは、南部の客家の人々である。さらに金門では、赤土で包んで干し大根を漬ける。

だが、このような「ステレオタイプ」は台中東勢の「一根蘿蔔」の製品によって打ち砕かれた。この地域の客家の若い農家たちは、現代的な製造工程を取り入れ、収穫の時期ごとに白娘、秋風、梅花といった品種の大根を漬けて「條仔脯」を作る。徐仲は、干し大根の作り方にもエスニックの融合が現われていると見る。

半年ごとに大根の熟成度と色合いを確認する。

フレーバーホイール

徐仲は2010年、ワインの品評会に模して、干し大根の品評会を行なった。寝かせた期間や大根の品種によって風味や味わいが違ったという。例えば、苗栗県公館郷の青新友善農業生産組合が、農友種苗公司から提供された紅姑娘という品種で作った「紅蘿蔔乾」は独特なものだった。

徐仲は、干し大根の味や香りを感じるための簡単な「フレーバーホイール」を提案する。例えばまず塩加減が良いかどうかを感じ取る。精製塩の塩味なのか、金華ハムの塩味なのか、それとも漬物の、または醤油の塩味なのかは、ほとんどの人は区別がつくだろう。

続いて酸味と甘みを感じ取る。日常生活の感覚から食物の風味を考えることができる。干し大根の場合、酵素の働きでタンパク質がアミノ酸に分解され、アミノ酸と糖分が結合するとメイラード反応が起こり、肉でんぶのような甘さが生まれる。あるいは陳皮や醤油、野菜の醤油漬けのような甘味が出る可能性もある。これらを総合したのが熟成した干し大根の滋味なのである。

年代物の干し大根の場合は、それが何年熟成させたものなのか、人々が信じられる標準を作らなければならない。そのためには公正な第三者による塩分や菌の数の定義と、テイスターの認証が必要となる。徐仲は将来的に「台湾風味学院」を設立したいと考えている。ワインのソムリエやオイルソムリエ、酢の鑑定士のような資格制度と、パルミジャーノ・レッジャーノの年代による等級分けのような制度を確立することで、信頼できるビジネスメカニズムが確立され、台湾の伝統食材にも新たな道が開けると考えている。

晨捷農場で10年寝かせた古漬けは黒光りし、柔らかくて塩味と甘みを感じる。右のまだ年代の浅い干し大根は表面に塩の結晶ができている。

黒い干し大根を野菜炒めに加えれば、全体が引きしまる。

黒い干し大根を入れた、やさしい味わいの炊き込みご飯。