
「穹頂竹棚」は曲面状のシェル構造で、音響効果にも優れている。(大蔵規格設計公司提供、羅慕昕撮影)
古来より文人に愛されてきた竹。詩人や墨客は竹を詩に詠み、絵に描いてきた。唐の劉厳夫は『植竹記』で竹を君子の美徳に例えており、宋の蘇軾は「無竹令人俗(竹がないと人は低俗になる)」、「居不可無竹(暮らしに竹は欠かせない)」と書いている。このように竹は気高く雅で、かつ折り目正しいイメージを持たれている。
標高1600メートルに位置する雲林県の石壁森林セラピー基地は、100ヘクタールの静かな竹林に現代建築によるランドスケープが広がり、竹林ならではのセラピーが体験できるので、「ワールド·バンブー·ランドマーク」の栄誉を得た。
雲林県古坑郷の草嶺村は標高1600~1750メートルに位置し、県境で最も標高が高いところにある。連なる絶壁、露出した岩石層、傾斜地には孟宗竹、麻竹、桂竹、杉、茶樹が見える。
草嶺はかつて、奇岩、滝、渓谷などの自然の景観が「草嶺十景」と呼ばれていたが、人里離れた所ゆえ、訪れるのは石壁山や嘉南雲峰目当ての登山客ぐらいだった。1999年の台湾大地震で草嶺への道が寸断され、観光客はさらに激減したが、被災後の復興の中で、草嶺の石壁山に広がる孟宗竹林が地域起こしのきっかけとなった。
大蔵連合建築事務所の代表·甘銘源は台湾における竹材建築の現代化に貢献した。
震災を転機に
「登山客が訪れてくれる限りチャンスはあります」 20年前、「一村一品運動」政策に応えて竹工芸作家の郭守発と石壁コミュニティ発展協会のメンバーは、地元の孟宗竹を建材に利用するあずまや「五元両角」やアーチ橋の建設を申請した。そこから北へ向かえば、かつてタイワンヒノキやアツバクスノキなどの木材を運んだ「木馬古道」や、雲林、嘉義、南投の県境にあって日の出と夕暮れの景色が楽しめる「雲嶺の丘」につながっている。
国立中興大学森林学科の王昇陽卓越教授の研究によると、竹林におけるフィトンチッドの主成分はα-ピネン、δ-3-カレン、カンフェンで、バンブーセラピーは、ポジティブな感情を高め、ネガティブな感情を軽減し、心拍数と血圧も低下させ、血中酸素飽和度を高めて、免疫機能も向上させるそうだ。ドイツ、日本、韓国では以前から森林を健康維持やセラピーのために利用しており、近年では世界的なトレンドになっているが、石壁の広大な竹林は、雲林県において森林セラピーを進めるのに最適な場だ。
2022年、雲林県は草嶺に繋がる県道149甲号線の最後の区間の修復を終え、台湾大学実験林管理処に石壁の人工竹林および人工針葉樹林のフィトンチッド、マイナスイオン、セドロールの濃度評価を委託した。その結果、観光開発の可能性を有していることが明らかになった。「五元両角」の南側にある100ヘクタールの竹林は、大蔵連合建築事務所、森林セラピーの専門チーム「森林邦」、森林セラピストの林家民によって、森林セラピーの概念を取り入れたセラピーのための空間「竹創森園区」に生まれ変わった。そして中央政府からの資金援助も受け「五元両角」を中心に南北を繋げ、竹林と自然林合わせて156 ヘクタールの「草嶺石壁森林セラピー基地」を造り上げた。
石壁の「五元両角」のあずまやと遊歩道は地元の孟宗竹によって造られており、竹林に囲まれているので、暑さを避けることができる。
京都嵐山にも負けぬ竹林の美
台湾高速鉄道の雲林駅から石壁まで車で行く場合、虎尾、斗六を経て南投の竹山鎮まで北上して古坑郷側に戻り、その後、149号線に沿って山道をくねくねと上っていく。田畑を通り集落を抜けると壮大な山々と峡谷が続き、2時間ほどで石壁山に到着する。
開けた谷間から竹林の中の道に入ると、緑の葉をつけた竹が道を囲んでおり、嵐山や嵯峨野の竹林道にも負けぬほど美しい。竹の葉からの木漏れ日が静かな道に映り、光と影が幾層にも重なった緑の空間は1300年の時空を超えて、自然詩で有名な唐の詩人·王維の小さな竹林に迷い込んだようだ。頭に浮かぶのは王維の詩「竹里館」だ。「独り坐す 幽篁の裏 琴を弾き 復長嘯 深林 人知らず 明月 来って 相照らす」竹林は心に静けさをもたらしてくれる。
私たちは「五元両角」と名付けられたあずまやの辺りに車を停めた。ここはセラピー基地の入口で、多くの観光客が山の静かな空気を楽しんでいる。「あずまやはもともとハイカーが雨宿りできるようにと設計したのですが、観光客も喜んでくれて私たちも嬉しいです」と郭守発は言う。
しかし、なぜ石壁には竹がこんなに生えているのだろうか。現在76歳の郭守発によれば、国民党政府が台湾に移って来た際、木材が大量に必要となりこの地域の樹木は文字通り根こそぎ持っていかれたため、地元の3人の兄弟が竹を換金作物として栽培することを思いついたという。食用にできるタケノコはもちろん、建材や竹ざる、竹籠などの生活道具に利用できるからだ。他の農家もそれに倣い、やがて石壁は竹で覆われていった。
雲林県は草嶺村の石壁に台湾で初めて竹をテーマにした森林セラピー基地を造った。
石壁の竹林の魅力
石壁の孟宗竹は冬にもタケノコが生える。タケノコは土の中で成長するので、農薬も肥料も不要で、土地はまったく汚染されておらず、素足で竹林を歩いても気持ちいいと郭守発は言う。「早朝、ここに座って日の出を眺めていると、谷間の雲海が1時間しても動かずにいることがあります。そして風が吹くと雲海は霧散し、霧となって次々巻き上がっていくと、天気が変わります」
彼はまた四季折々の魅力をこう語る。春には地中の温度が高まり、竹は根を張り、葉を茂らせる。春雨が降ると緑を濃くした葉の下、タケノコが頭をのぞかせる。夏は太陽が竹林を照りつけ、日差しを受けた根元から土の香りが漂う。秋冬はすべてが休眠して落ち葉は土に返り肥料となる。
杉の木に囲まれたこの椅子は寝転ぶことができるように角度が大きく作られており、心身ともにリラックスできる。
竹が生み出したランドスケープ
「五元両角」の南側にあるセラピー空間「石壁竹創森園区」は一般向けのエリアと静寂エリアに分かれている。公園のQRコードをLINE@で読み込めば、森林ヒーリングが楽しめる。
「山の地形を考えると、稜線に位置する竹のランドスケープは、風圧に耐え、山頂の環境と対話できるものでなければなりません。人はその風景に浸り、目の前の自然の景観を座ったり寝そべったり自由な姿勢で楽しむことができます」と大蔵建築事務所の甘銘源はそのコンセプトを語る。
「五元両角」の入り口に近い一般エリアの「瀞座」は喧騒を離れ、心静かに過ごすための最初のスポットだ。設計チームのメンバーである初樸建築事務所の葉育鑫は太い孟宗竹を曲げて梁にし、細い桂竹を骨組みに使うことで開放感ある半ドーム型の空間を作った。基礎部分にはコンクリートを使用しているが、内側にある腰かけ部分は石積みで、腰を下ろせば視線の先には竹林と青空、揺らめく光と影が続いていて、大自然の織りなす風景に心を奪われずにはいられない。
静かな午後、森林セラピストがシンギングボウルを奏でると、長く反響する癒しの音色が緊張した体をリラックスさせてくれる。森林セラピーを体験中にいびきをかいている人もいるほどだ。
竹林の小径は竹の葉で覆われ、道行く人の足を柔らかく受け止める。そしてそのカサカサという音は、私たちにさぁ、ゆっくり、ゆっくり…と呼び掛けているようだ。
杉の木の間にある「低語軒」は、何人もが一度に座ったり寝そべったりできる扇形の椅子だ。「山では歩くか、座って休むかのどちらかで、寝そべることはめったにできません。寝転べるほどに傾いたこの椅子で、ぜひそんな得難い経験をしてもらいたいと思っています」と甘銘源は言う。

二重螺旋構造の「明陣」は歩いて瞑想するのにぴったりだ。(雲林県提供)
竹が作るランドマーク
「木馬古道」の終点は静寂エリアの「風の舞台」だ。高台になっているここからは嘉南雲峰と台湾最高峰·玉山の雄大な景色を眺めることができる。
近くにある「明陣」は歩いて瞑想するのにうってつけだ。足元に埋め込んだ石を目印にして進む。通路は二重螺旋になっているので入る者と出る者がぶつかることはない。形はシンプルだが、動線は理にかなっており、ゆっくり歩くことで心を静めることもできるし、グループセラピーにも使える。
竹創森園区の一番奥にあるのは稜線の端に位置する「穹頂竹棚」だ。孟宗竹を組んで作った3層の曲面によるシェル構造で、幅18メートルで3つの開口部を持つが、山から受ける風圧にも耐えることができる。内側の竹組みはまるで織物のようで、銅板に覆われた屋根は時間の経過とともに明るい赤銅色から深い褐色、さらに灰緑色へと変化し、環境との調和を表している。
「シェル構造は通常、コンクリートや鉄鋼を使い、竹材のものはめったにありません。ここを訪れた世界竹協会(WBO)のメンバーもびっくりしていましたよ」と甘銘源は自慢げに言う。
またボウルのような造型に竹や銅などの自然素材を使うことで音を和らげる効果を生み出しており、ここではゴングを用いたサウンドメディテーション「Gong Bath(ゴング・バス)」の体験もできる。ゴングを壁際と中央に設置し、鳴らした音を反響させ合うことで、さまざまな効果が得られるそうで、中国医学界では旋律の変化がないゴングの音には、神経をリラックスさせる効果があると考えられている。
「穹頂竹棚」の隣にある「小柴軒」はユニークな公衆トイレだ。杉の間伐材を薪積みのように積み上げて壁を作り、まるで小さな庭のような設計の個室は、半露天で空が見える構造になっており、トイレを使用する際にも戸外の景色を楽しむことができる。
山々の美しさを感じることができるトイレを作りたかったのだと甘銘源は語る。「『身も心も解放される』とはまさにこのことです。体が教えてくれますよ、『ああ、気持ちいい!』って」

公衆トイレ「小柴軒」は半露天設計になっており、大自然の中で用を足しているような気分が味わえる。(大蔵規画設計公司提供、羅慕昕撮影)
建材としての竹
竹の欠点を長所に変えたのが石壁竹創森園区最大の特徴だ。竹は丸く、太さもバラバラで上と下では形も異なるため曲率が変わってしまい、木材ほど使いやすくはない。けれども円弧型の構造物の場合、竹の欠点はむしろ強みになると甘銘源は言う。竹を加熱して曲げ、成形、結束することで曲線を利用したアーチ型が作れる。石壁竹創森園区の構造物はこうした竹の性質を存分に生かして設計されているのだ。
竹林は緑色をしているが、決して単一の緑ではなく、異なる色合いの緑色が幾層にも重なっていて、カラーセラピーの効果もあると森林セラピストの林家民は言う。また孟宗竹は地下茎が水平に広がる竹で、その竹林の中を進めば、歩みを優しく受け止める地面の柔らかさにも癒される。そして風に揺れる竹が奏でるサラサラという葉擦れの音はピュアな天籟だ。
2024年春、約30カ国から集まったWBO のメンバー200名がここを訪れ竹林と竹が作り出したランドスケープに囲まれながら、竹食器を使ってさまざまなタケノコ料理を味わい、竹アートを堪能した。そしてこのイベントの成功により、雲林県はWBOによって「ワールド·バンブー·ランドマーク」に認定された。
竹は岩の隙間にしっかりと根を張り、風霜の試練を経ても変わらず天に向かって伸びていく。石壁森林セラピー基地を訪れて、万緑の竹の中をのんびり歩いてみてはいかがだろうか。

大蔵規画設計公司提供、羅慕昕撮影

「瀞座」は石壁竹創森基地に入って最初のスポットだ。慌ただしく訪れた人々はここで心を静め、竹林の静寂さを体験する。(大蔵規画設計公司提供)

大蔵規画設計公司提供、羅慕昕撮影