モダンとの出会い

台湾の漫画家、AKRUの作品『北城百画帖（カフェーヒャッガドウ）』は1930年代が舞台だ。当時「台北銀座」と呼ばれた栄町には女性給仕がいるカフェーがあり、1932年には栄町に台湾初のデパート「菊元百貨店」がオープンした。さらに1935年には始政40周年を記念して「台湾博覧会」が開催されるなど、この町では数々のイベントが開かれ、新聞でも報道された。

かつて「七重天」と呼ばれた菊元百貨店。台湾初のデパートだった。（鄭培哲作）

カーテンウォールの中に：菊元百貨店

『北城百画帖』に描かれる栄町は、現在の台北市衡陽路、宝慶路、秀山街、博愛路、延平南路の一帯である。現在も、このエリアには当時建てられた合庫銀行（当時の台北信用組合）、台湾銀行、台北中山堂（当時の台北公会堂）などの古い建築物が残っている。

しかし残念なことに、当時「七重天」と呼ばれた7階建ての菊元百貨店は残っていない。1932年に建てられた菊元百貨の建造物は、幾度もの地震にも耐え、その堅牢な造りに驚かされる。この建物は2017年に歴史建築に指定されたが、所有者が何回も変わり、そのたびに改築や外壁修繕などが行なわれてきた。今ではカーテンウォールのビルとなり、本来の姿は残っていない。建築学者の郭肇立はこれを「カーテンウォールの棺桶に閉じ込められた眠れる美女」と形容する。

歴史文化研究者の凌宗魁は、百貨店発展史を次のように整理する。18世紀の産業革命によって多様な製品が大量生産されるようになると、人々の消費形態は大きく変わり、富裕層は新しく珍しいものを次々と買うようになった。当時、各種の新製品を展示するために、各国で大型の博覧会が催されるようになる。

日本統治地代の1930年代、台湾もこの流れに乗って舶来品を扱う商店が各地に誕生し、一定の規模に達するものが百貨店と呼ばれるようになった。当時の台湾では、台北の菊元百貨店、台南の林百貨店（ハヤシ百貨店）、そして高雄の吉井百貨店（すでに取り壊された）が三大デパートとして知られていた。

日本の百貨店業者の多くは服飾業から始まっており、台湾でも同様だった。日本の山口県の呉服商だった重田栄治は台北の大稲埕に菊元商行を開き、その経営に成功した後に栄町に店舗を買い、「台湾初のデパート」である菊元百貨店を開いたのである。

菊元百貨店の建築設計は、日本の土木技師で台湾土地建物株式会社建築課課長だった古川長市が担った。台湾は日照時間が長く、豪雨も多いことから、強い日差しや雨を避けられるよう騎楼（道路に面した一階部分を窪ませて作った歩道）を設けた。旧菊元百貨店の建物内部に入ったことのある凌宗魁によると、5～7階の部分は下階よりも上階が後退して奥まっていく本来の設計が残っているという。これはニューヨーク市が1916年に定めた都市計画法令を参考にした設計だ。周囲の日照を確保し、ビルの圧迫感を低減するために定められたルールである。

日本人は去っていったが、巨大な建築物はデパートとして残された。写真は1971年、左奥の菊元百貨店の建物はこの頃は「南洋百貨」となっていた。（外交部資料）

方形と円形の遊び心：或者新州屋

最近、菊元百貨のカーテンウォールの内側に、外に見えるように昔の建物の写真が貼られている。この建物は大幅に改修して従来の華やかさを再現する予定だとも言われている。古い建築物の美の再現は確かに期待されているのだ。例えば、新竹の旧市街地で2023年末にリニューアルオープンした「或者新州屋」もその一つである。

「或者」という言葉を冠した「新州屋」の空間は、1934年に開業した新竹初の百貨店だった。初代の経営者は、東門市場で西洋の舶来品を販売していた戴呉獅である。

現在の所有者は「分散型ミュージアム」を中心に、長年にわたって新竹で活動してきた「或者」グループだ。会社を退職した創設者の陳添順は、新州屋の特殊性に注目し、古い建築物が再開発で取り壊されることのないよう、資金を投じてこの建物を購入した。

或者新州屋を運営する沈婷茹によると、この建物を買い取ったのは商業的利益だけが目的ではなかった。可能な限り古い建築物の華やかさを残すために、或者グループはまず歴代の所有者の話を聞いて回った。続いて「雄本老屋」に建物の調査と修復を依頼し、「硬是設計」と「水色設計」という二つのチームに空間設計を依頼した。これほどの手間と費用をかけることで、修復後の建物は新旧を織り交ぜた繊細さと調和を見せる。

近隣の東門市場の特殊性から、新州屋は食物と料理を主なテーマとし、食品販売、飲食店、シェアキッチン、展覧会場などを複合した機能を持つ。開業から半年、まだ方向性を模索中だが、よみがえった華やかな空間はすでに多くの人をひきつけている。

沈婷茹とともに建物の外へ行くと、4階建ての立面は完全に修復されている。1920年代以降に流行した十三溝タイル（筋面タイル）は洗浄を経て暖かな浅黄色を取り戻し、上には方形や円形の飾り窓があり、街灯や手すりはアールデコ調で、レトロな中にファッション性や遊び心を感じさせる。全体的に「当時の人々の洒落っ気が表現されています」と沈婷茹は言う。

屋内に入ると、外観と同じように階によって自由奔放に間仕切りがされている。新しい内装では壁に配された丸や四角の窓に合わせた設計が施されている。1階のバーカウンターは外側は円形で内側は四角く、2階の新しい灰色の壁にはわざと丸い穴があけてあり、その奥の古いレンガが顔をのぞかせる。3階の室内には古い建物のアーチとベランダの半月型の池が残されている。

屋上へ来ると、遠く南寮漁港まで望むことができ、かつて平屋ばかりの中に高くそびえていた新州屋の姿がイメージできる。沈婷茹によると、後にこの古い家屋を見に来た戴家の末裔の話では、彼らが幼い頃は、魚を飼っていた半月池の横にブランコがあり、また屋上を開放した有料のダンスパーティには200人余りが入場したこともあったそうだ。当時、台湾の裕福な層はかくも優雅で贅沢な生活をしていたのである。

最近、かつて菊元百貨店だったビルのガラス窓の内側には、プリントした昔の外観の写真が外から見えるように貼られ、この古い建物が昔の面影を取り戻すことを予告している。

台南のショーウィンドー：林百貨

新州屋がリニューアルオープンすると、遠くアメリカやスウェーデンから、かつての所有者の家族が戻ってきた。古い空間の修復と運営によって一度は消えていた歴史の記憶がよみがえったが、これは所有者一家だけでなく、地元の人々にとっても大きな意味を持つ。

日本の人気テレビドラマ「ソロ活女子のススメ」の中で、台南を訪れて「昭和レトロの旅」をする主人公の五月女恵は「林百貨」を訪れる。林百貨（ハヤシ百貨店）は日本の山口県出身の林方一が創設し、日本の土木技師・梅澤捨次郎（台南市美術館、嘉義市立美術館など著名な公共建築を設計）が設計したものである。

1932年、林百貨は当時の台南最大の繁華街だった末広町にオープンした。その頃は高層ビルがほとんどなかったため、この建物は「五桟楼仔」と呼ばれ、台北の菊元百貨店と並び称せられた。台湾ではこの二つのデパートだけにエレベーターが設けられていた。

その後、日本統治が終わると日本人も台湾を後にし、百貨店も廃業した。政府はこの大きな建物を接収し、一度は公的機関の事務所や空軍宿舎などに用いられたが、その後は数十年にわたって放置されていた。1998年に、台南市の指定古跡に登録されて古い建物の大幅な修繕が行なわれ、2014年には地元企業「高青時尚股份有限公司」に運営が任され、文化クリエイティブ百貨としてリニューアルオープンしたのである。

林百貨は現在、台湾で「最も古く」、「最も小さい」デパートで、歴史的建築物を活かした林百貨は他の大手企業が経営する一般のデパートとは大きく異なる。当時は最先端の象徴だったエレベーターもそのまま残されており、階を時計のように針で示すレトロな表示板や、エレベーター内部の通気性のある天井なども、昔のままの姿を見ることができる。また、台湾唯一の屋上の神社や、昔の手動のシャッターなどもあり、いずれにも歴史的な特色が見られる。

昔と異なるところはと言うと、かつての林百貨店は各種の珍しい舶来品を扱っていたのに対し、現在は台南一帯の文化や産業を披露するプラットフォームになっている点だ。例えば、3階にあるホウオウボクの花をモチーフとしたデザインの装飾品は、台南の老舗レースブランドである明林蕾絲が制作したものだ。また、台南のさまざまな物産――台湾らしい茄芷袋（漁師網バッグ）や、老舗布地店・錦源興の製品でカラスミや白と青のスリッパなどがプリントされた帆布のバッグ、それにドライフルーツや焼き菓子、老舗茶店の茶葉など、観光客に好まれる商品も揃っており、見飽きることがない。

「当時の林百貨は、台南人が世界を覗き見る窓でしたが、リニューアルした現在の林百貨は、世界の人々が台南を見る窓となっています」と林百貨マーケティング課の蔡緯蓉は言う。確かに、台南を訪れた外国人観光客が必ず林百貨を訪れるのもうなづける。

「或者新州屋」を運営する沈婷茹。

暮らしの記憶をとどめる場所

かつて、近代化する消費社会において、百貨店は市民生活の記憶に重要な位置を占めていた。1930年代台湾の百貨店と言えばその町の最もにぎやかなエリアにあり、交差点に面した巨大な建物の立面は特に目を引くようにデザインされていた。華やかに彩られたショーウインドーは人々の憧れであり、消費への渇望をかきたてるものだった。そして店内に入れば、楽しみはショッピングだけではなかった。エレベーターで屋上まで行ってそこから望む景色に興奮し、また高層階にあるレストランでの食事も楽しみだった。これらの行為は、今も続いていると言えそうだ。

戦後になって政権が変わると、空間の記憶は断ち切られ、都市の中心部も移った。しかし、だからこそ台湾の近代消費社会を象徴する百貨店を残す意義があると言えるのではないか。当時の建築工法やそのスタイルを保存する価値があるだけでなく、そこがかつて人々の消費やレジャー、社交の重要な場だったからである。日頃から菊元百貨店の動向に注目している凌宗魁がこう語る通りだ。「新しいデパートを建てる機会はいくらでもありますが、歴史を残す機会は非常に限られています。当時の百貨店は3つしか残っておらず、中でも菊元は最初の1店なのですから、意義のあることではないでしょうか」と。残す価値があるのは、ここで生活してきた人々の記憶と歴史をとどめる場所なのである。

新州屋2階のレストラン。丸くくりぬかれた壁の中には昔の建物のレンガの壁が見える。

歴史と文化を考察し、建物を調査した後に修復された新州屋はレトロでファッショナブルだ。店内の各所には往時の写真も飾られている。

新しく敷いたガラスの下に、昔のテラゾーの床が見える。

「完全修復」された新州屋の正面外観。方形と円形の窓、ライト、ベランダの手すりなどは当時のデザインのままである。

新州屋のアフターヌーンティーも古い建物の雰囲気に合わせて作られている。写真はレンガをイメージした錦玉羹と花蜜のシロップ、自家製ドリンクのセット。

新州屋の入り口は、まるで廟のように右から入って左から出る斬新なデザインになっている。

日本統治時代に建てられた林百貨の屋上には当時の神社が残っている。台湾でも珍しい屋上の神社だ。

新旧の対話を追求する林百貨では、建設当時のテラゾーの床面（写真左下）を残してあり、新しく設けた床面とぴったりと融合している。

人々の記憶をとどめる場としてリニューアルオープンした林百貨。（高青時尚・林百貨提供）