室内に満ちる冬瓜茶の香り
市販の冬瓜茶キューブには冬瓜の香料が添加されているが、「義豊」のキューブの原料は冬瓜、砂糖、水だけ。シンプルな材料でいかに香りを出すかは職人の技が頼みだ。伝統の製造法にこだわり、ヒノキと銑鉄で作った大きな桶を使う。搾り取った冬瓜汁と細かい粒のグラニュー糖を桶に入れ、長いヒシャクで絶えずかき混ぜながら弱火で煮て砂糖を溶かし、まず冬瓜シロップを作る。桶のふちがへこんでいるのは、長い年月ヒシャクがこすれてできたものだ。2時間ほど煮詰めなければならないが、林科烈はその間、常に桶の前に立って焦げないようにかき混ぜ、濃度の変化に気を配りながら火加減や時間を調節する。
簡単なようで、どの工程にも技術と経験が必要とされる。まず原料選びでも義豊は、必ず台湾産で1個18キロ以上の冬瓜を使う。林科烈によれば、大きいものほど肉厚で、肉厚でないと煮た後に冬瓜の味が残らない。これほど大きな冬瓜の皮を手作業でむいて切り分けるのだが、林科烈の娘の林昱倫は、父親とともに冬瓜茶作りをして14年、どの工程も見事にこなす。
切り分けた冬瓜は食用石灰の中に1日漬け込んだ後、洗浄してから汁を搾り出す。アルカリ性の石灰は冬瓜のタンパク質をアミノ酸に加水分解するので、その搾り汁に砂糖を加えて高温で煮ると、アミノ酸と糖がメイラード反応を起こし、豊かな風味が生まれるのだ。
室内に冬瓜の良い香りが漂う中、思わず「いつまで煮詰めるのですか」と聞くと、林科烈は笑って「その日の天候によります」と答えた。温度と湿度が影響するからだ。これも経験がものを言う。林昱倫によれば、これまでは指でつまんで判断していたそうで、ある程度まで煮込んでから、少量取り出して冷水の中に入れ、水の中でつまんでみて水飴のような状態になっていなければいけないのだという。今では温度計でシロップの温度を測れるようになったが、林科烈はやはり伝統の方法にこだわり、指でつまんでみて、彼にとっての最適の状態になったことを確かめている。
煮詰め終わったら型に流し込む。後は冷ませば出来上がりかと思ったが、そうではなかった。一人一人がヘラを持ってシロップをかき混ぜ始めたのだ。かき混ぜることで温度が下がり、糖分が結晶化して固まる。かき混ぜないとシロップのままだと林昱倫が教えてくれた。少し形を整えて適度な大きさに裁断し、冷めた後で型から取り出す。これで冬瓜茶キューブの出来上りだ。
多くの伝統産業が姿を消しつつある中、義豊は3代目の林嵩山から息子に代替わりした後、経営拡大を続け、今や林一族の経営する冬瓜茶店は台湾全土に及ぶ。工場を受け継いだ林科烈は、日々鍋の前に立って伝統を守り続け、その伝統の技を林昱倫と孫の林于舜にも伝えている。「ほかの兄弟のように飲料店を開いた方が利潤は上がるでしょう」と問うと、林科烈は照れたように笑いながら「儲けはどうでもいいのです。伝統を受け継いで、客を大事にできれば」と言った。
「五秴」では、初代「老菊花」の頃から使っていた六角形の茶桶設備を再現させた。材料に使う5種類の生薬も上に置かれている。