食材はスーパーからでしょ?
台東に来て最初は民宿経営に手を出して失敗、後に友人の勧めで煮物の屋台を出すと、特製ダレが好評でよく売れた。台東スローフード‧フェスティバルには客が集まると聞いて参加を申し込むと、なんと資格審査があって驚いた。「主催側が訪ねて来て、スローフードに対する考えや食材の産地を聞かれ、フェスティバルでは使い捨て食器は使えないと説明がありました」と邱さんがスローフードとの出会いを語り始めた。
「豆干(硬い豆腐)はどこからのか、と聞かれたので市場だと答えると、今度は『肉団子は?』と。もちろん市場からでしょう?」と邱さんは目を丸くして当時の驚きを再現する。
後に二人が同県の鹿野に引越すと、新たな友人たちと料理を持ち寄って食事する機会が増えた。「箸を持つ前から皆が聞いてくるのです。この食材はどこから来たのか、誰が植えたのかって」と孫さんが声を高める。「食事するだけでプレッシャーですよ。もう行くのは止めようと言いました。だって食材はスーパーで買うものでしょう」
だが次第にわかるようになった。自然に恵まれた台東は食物の産地であり、農家から直接新鮮な食材が買え、その農家がどんな耕作をしているかもすぐわかる。「自分たちの食は土地と深く結びついている。だからほんの少し余計にお金を出して、土地にやさしい農作をしている農家を選ぼうと思うようになりました」と邱さんは言う。
尾余記の由来
二人の店「尾余記」で有名なのは各種唐辛子やフェンネル、花椒(ホアジャオ)の入ったスパイシーなタレだ。当初、友人が「台東で万一食べていけなくなったらこれで」と、夫婦に伝授してくれたレシピで作る。
店名「尾余記」の意味についても語ってくれた。孫さんは邱さんとは再婚で、50歳を超えて子供を授かった彼は「子供の成長にしっかり付き添うこと」を人生の使命とし、「残りの人生をいかに価値あるものにするか」と考えた。台東に引っ越してから、よく海辺を散歩するようになり、流木などの漂流物を拾っては小物を手作りした。そのうち「終わりのもの(尾)にも、まだ残り(余)の輝きがある」とつくづく感じた。
またある日、野草を採りに行った際に原住民から「豊かさとは精神的なもので、自分の生活に必要な分だけを採ればいい」と教えられ、利潤とは物質的なものではないと思い直した。そこで「頭(始まり)があれば尾(終わり)があり、盈があれば(満たされれば)余りがある」を、尾余記のブランド精神としたのだ。
フェスティバルのテーマ
ほかの店が自分の育てた米や野菜、或いは得意料理を持っているのに対し、タレで勝負する尾余記がスローフード‧フェスティバルのテーマに対応するのは簡単ではないと邱さんは言う。
例えば2023年のテーマは「未来の食卓」だったので、彼らは考え抜いた末に「あらゆる未来は過去の積み重ねであり、伝統を知ってこそ豊かな未来がある」と思い至った。そこで、伝統食材である米を食べる人が激減していることに鑑み、邱さんは、米粉に現地の紅ウーロン茶を混ぜて団子を作り、なおかつ台東(花東)縦谷名産の関山の豚肉、東海岸の白蝦、地元産ヤングコーンを組合わせ、さらに自家製スパイシーダレやパイナップルチリソースを添えたメニューを考案した。彼らの考える「未来の食卓」だ。
家族の味を残す
孫さんも邱さんも家で料理の作り方は学ばずに育った。中国大陸出身の孫さんの父がよく作っていた牛肉麺や牛すね肉の煮込み、また邱さんの母方の祖母による客家料理ももはや再現できない。「でもスローフードに関わって、家族の味を残したいと思うようになりました」と言う。彼らはゼロから料理を学び、フェスティバルで料理を出す。評判のよかった料理は冷凍食品にして、各家庭の食卓で再現してもらえるようにしている。
映画『レミーのおいしいレストラン』には「真の情熱があれば誰でも名シェフ」という名言が登場する。これはスローフードにもあてはまるだろう。孫さんと邱さんがそれを証明している。