
その場にあるものを使って自分だけの浴槽を作る。野湯ならではの楽しみだ。
ネット上で、最も身近な「野湯」と呼ばれる「芃芃温泉」は宜蘭県大同郷の英士村にある。駐車場に車を止めて15分ほど歩いていくと、緑の山に囲まれ、滝もある温泉に到着する。ここでは、芃芃渓とともに暮らしてきたタイヤルの人々と一緒に狩人の弁当を作り、工芸品を手作りし、また狩人の家に一泊することもできる。
英士集落は昔は芃芃社と呼ばれ、タイヤル語では「豊かな地」を意味する「kn-bung」という名で呼ばれていた。英士コミュニティ発展協会総幹事の鍾岩宏によると、かつて祖先が芃芃渓の流域に来た時、ミツバチが飛んでいて、川には苦花魚(クチマガリの仲間)が泳いでいるのを見てkn-bungと名付け、資源が豊富なここに定住することを決めたという。

黄天金が自らの手で建てた原木の家は、大自然の中で宿泊客を歓迎している。
豊かな芃芃温泉
芃芃渓は豊富な生き物を育むだけではなく、地熱資源も持つ。芃芃渓で温泉が湧いているエリアに行くと、気温の低い山地にありながら、地熱の関係であまり寒く感じない。
英士コミュニティ発展協会理事長の黄天金によると、芃芃渓の近くにある英士集落の人々は、彼も含め、子供の頃から芃芃温泉につかって育ってきたという。集落の人々にとって、この温泉は生活の一部なのである。
芃芃温泉へは、英士集落にある四季小学校英士分校から徒歩15分ほどでに到着する。大自然の中の「野湯」だが、初心者でも行きやすい。温泉が湧き出ている範囲は広く、季節を選び、大雨の後の数週間を避けて行くとよい。川の主流の流れが少し狭まっていれば、小さな支流や伏流水が地熱で温まり、両岸に出来ている小さな水たまりが温泉であることが多い。素手で掘っていくと、深いところほど水温が高いことがわかる。黄天金は、川辺の石を拾って積み重ねれば、自分だけの温泉風呂ができるという。

英士コミュニティ発展協会がプランするツアーでは、さまざまなタイヤル文化を体験できる。
焚火を囲んで歌を歌う
英士集落を訪れる人は、温泉を楽しめるだけでなく、英士コミュニティ発展協会が主催する半日・一日のツアーにも参加できる。
「私たちはエコツーリズムを目指しています。山と川に親しみ、私たちが大自然といかに共生し、それを守ってきたかを知ってもらい、さらに私たちの文化にも触れてもらいたいと思っています」と鍾岩宏は言う。
焚火小屋の中で、鍾岩宏は「ima lalu su?」という歓迎の歌を歌ってくれる。「お名前は?」という意味だ。これはタイヤルの人々が、他の集落へ行ったときに問いかける言葉で、年配の人が、相手の若者が同民族であるかどうかを確認する方法である。タイヤル族の名前は、自分の名前のうしろに父親の名前をつけるという方法で命名されるので、名前を聞けば、どの家の子供で、どの流域の人かわかるのである。
竹で建てた焚火小屋は、集落の年配者が若者とともに建てた知恵の結晶である。集落の人々は、小屋に虫やカビがつかないように毎日ここへ火をおこしに来て乾燥を保つ。火は集落の暮らしの重要な要素である。黄天金によると、昔は人々が今より分散して生活していたので、どこかで煙が上がっていたら、その家の人は無事に食事の支度をしていることがわかったのである。もし何日も煙が見えなければ、心配して訪ねて行った。火は生活に必要なだけでなく、互いに無事を知らせる合図でもあったのだ。
こうして少しタイヤルの暮らしに触れた後、参加者はハンターの弁当を作る。馬告(山胡椒)で香り付けした豚肉、魚の塩漬け、野菜、糯米などを、ゆでた月桃(ゲットウ)の葉で包んだもので、山へ狩りに行く男性のために家族が作る愛情弁当である。参加者は、この弁当を持ち、集落の人の案内で川をさかのぼって芃芃温泉へ行ったり、あるいは横岐漾(hn-kiyan)古道――日本統治時代の警備道路を訪ねることもできる。
シルクスクリーンや織物工芸を体験することもできる。集落に伝わるタイヤルの織物や、イノシシやムササビをプリントした可愛らしいバッグや絵葉書を作ることができる。

英士コミュニティ発展協会では、集落の焚火小屋を使ってタイヤルの文化を紹介している。
ハンターの家に一泊
コミュニティ発展協会の理事長を務める黄天金は、経験豊富なハンターでもあり、イノシシの牙の大きさから体重もわかるそうだ。彼は自分の実家の土地に、自らの手で「芃芃坡――尼喬洛娜尼原木屋」を建てた。屋内の階段からベッド、木彫りの装飾品まで、すべて彼の手作りである。家の中は木の香りに満ちていて、大きな窓からは山々の緑が見え、遠くに芃芃渓が流れ、まさに大自然の中にいることが感じられる。
山林の中のこの家には、これまでに韓国やイギリス、アメリカなどから来た旅行者が宿泊したことがある。黄天金によると、ここに泊まったお客の中には「寝るのが惜しい」と一晩中焚火を囲んで話をしたり星を見たりして、日が出てからようやく寝る人もいるそうだ。
大自然と共生する原住民族は、山林の美を享受し、適度に資源を利用し、大地を大切に守っている。鍾岩宏も、温泉に来る旅行客に「環境を維持するのを忘れないように」と呼び掛ける。彼が描く理想は、この集落が誰もが遊びに来れる楽園となることで、その夢は少しずつかないつつあるようだ。

芃芃温泉は湧出量が安定しており、交通の便も良いため、ネットでは最も身近な野湯と言われている。