
2015年、新竹市三民中学校でパフォーマンスアートを教える黎煥鵬が、雪覇国立公園管理処で人形劇カリキュラムを行なった。これをきっかけに、国立公園管理処解説教育課の卓孝娟とボランティアたちが次々と人形劇を創作して上演するようになった。その内容は、タイワンマス(サクラマスの亜種)の保護や環境保護の大切さを呼びかけるものである。
突然、嵐の音が響き渡ると、龍王三太子敖丙が舞台左から登場する。「わはははは!天も地も偉大だが、私より偉大なものがあろうか?風も雨も強いが、私より強いものがあろうか?」

タイワンマスの発眼卵と卵黄嚢期。
阿鮭人形劇の始まり!
「龍王三太子敖丙がその絶技を使うや、瞬く間に真っ黒な雲が空を覆い、風雨がたたきつけ、砂が舞う…」と迫力あるナレーションの中、台風を象徴する敖丙がタイワンマスの夫婦、阿鮭とその妻を急流で押し流し、夫婦は離れ離れになってしまう。「ああ、あなた!可哀そうに!」と妻は泣き崩れるが、続いてタイワンマスの天敵であるウオミミズクに遭遇し、環境に影響する砂防ダムや農薬、乱開発などの災難が襲ってくる。最後に、阿鮭夫婦はさまざまな人の助けを得ながら困難を乗り越えてハッピーエンドを迎える。
この人形劇の台本を書いたのは、苗栗高校教師を退職した林鳳吟だ。「環境劇の難しいところは、おもしろい物語が必要だという点です。もちろん教育的意義もなければなりません」と言う。この演劇の雛形は、「孟姜女が泣いて万里の長城を崩した」という民間伝承から発想し、砂防ダムが崩れるという物語だった。しかし当時監督を務めていた崇右影芸科技大学の李佐文は、布袋戯(伝統の人形劇)の最大の魅力は立ち回りなので、衝突の要素が必要だと考えた。
そこで、林鳳吟はさらに考え、台風や農薬、棲息地の破壊といった内容を盛り込んだ。台詞やナレーションには観客の笑いを誘う部分もたくさんある。人形劇に参加している新竹市三民中学の元教師・李金柱はこう話す。「上演後に、景品付きでクイズを行なうと、子供たちが次々と手を挙げて人形劇の内容を答えてくれます。人形劇を通して環境問題に触れさせるというのは、効果の高い方法だということがわかります」
雪覇国立公園の人形劇は、環境教育の対象を大きく広げることとなった。同国立公園解説教育課の卓孝娟はこう話す。「ある時、工業研究院の研究者が私たちの人形劇を見て、政府部門がこれほど創意あるカリキュラムを作ったことに驚き、タイワンマスへの認識と印象が深まったと言ってくれました」確かに、この人形劇を通して一般の人々も環境保全の大切さを理解できる。雪覇国立公園は長年にわたって生物と生態の保護に力を注いできたのである。

氷河期から残る国宝級の貴重なタイワンマス(サクラマスの亜種)。
タイワンマス保護の苦労
サケ科のタイワンマスは氷河期から残る生物で、それが亜熱帯の台湾に棲息し続けてきたことそのものが一つの奇跡と言える。水温17度以下という厳しい生存条件に加え、近年は異常気象による豪雨や台風の影響が大きく、また砂防ダム建設による棲息地破壊も進んでいて、タイワンマスの繁殖に影響を及ぼしている。
そのタイワンマスについて、武陵管理処主任の廖林彦はこう話す。「私が1999年に雪覇国立公園に来た頃は、500尾ほどしか残っていませんでした。一つの河川でこの数というのは、絶滅に近づいていることを意味します」その後、限られた予算と簡単な設備を用い、タイワンマスの完全養殖が実現した。しかし「新しい繁殖場が完成する前の2004年、台風が襲って古い魚苗区の3000尾が台風で流されてしまったのです」と言う。6年にわたる苦労の成果が一瞬にして流されてしまった。幸い、スタッフは避難していたため、人的被害はなかった。
タイワンマスの繁殖研究においては、重要な突破口が二つあったと廖林彦は言う。一つは養殖における「エサ」の克服、もう一つは放流の手順や時間、大小などの修正である。
昔から蓄積されてきた資料を読むと、タイワンマスには生きたエサを与えなければならないとされていたが、七家湾渓の水温は12度しかなく、エサとなる生物の培養は非常に難しい。そこで、人工飼料を試みることにしたのである。食べやすい大きさにし、少しずつ与えて慣れさせていき、ついにこれに成功した。
廖林彦によると、当初は日本やアメリカでのサケ科魚類の養殖に倣い、10月に繁殖させて翌3月に5センチほどに成長したら放流していたのだが、それでは放流後もあまり移動しないことに気付いた。上流にのぼっていくのは2割ほどで、8割は6~7月の台風で流されてしまう。そこで今は、放流の時期を台風シーズン後の10月にし、一ヶ所ではなく、数ヶ所で放流している。「例えば、私の担当が1キロの範囲の場合、200メートル置きに1袋放流します。大変ですが、この方が成功率が高いのです」と言う。

これからは七家湾渓に続く、第二、第三の河川を探して放流していく必要がある。写真は羅葉尾渓での放流の様子。
時間との戦い
「私たちは毎年ボランティアを募って、河川全域でタイワンマスの数を数えています。七家湾渓で最も多い時は5000尾、平均で3000~5000尾を維持しています」と雪覇国立公園管理処長の鍾銘山は言う。魚の数を数える時は防寒のダイビングスーツを着なければならない。学者や専門家、それにボランティアに依頼して十数のチームで行なうのだという。
3000~5000尾というのは一つの河川では十分な数で、2006年以降は放流をやめて、七家湾渓に各種リソースを投じて自然繁殖させるようになった。だが、それでも困難な課題は多い。地球規模の極端気象の影響で、台風や洪水などによるタイワンマスの絶滅の可能性がある。そのため、七家湾渓以外の、第二、第三の支流も探している。「羅葉尾渓に続き、今年からはかつてタイワンマスの棲息が確認された合歓渓でも放流を始めます」と鍾銘山は言う。
放流する河川の選択にも難しい条件がある。標高1411メートルに徳基ダムがあるため、タイワンマスが下流に移動できず、ダム下流の標高900メートル地点では棲息できない。「ダム上流の標高1800メートルの流域も、かつてキャベツ畑が開かれたために破壊され、雨が降ると川の水が濁ってしまい、タイワンマスは生きられません」と廖林彦は言う。そこで今後3年は太魯閣国立公園と協力し、標高2800~3200メートルの合歓渓で放流する予定だ。この流域でも以前はタイワンマスの棲息が確認されている。
「なぜこれほどの人手と資金をかけて一つの生物種を守るのか、と疑問に思う人もいるでしょう」と鍾銘山は言う。タイワンマスだけを守っているように見えるかも知れないが、実は河川全体と周囲の環境や生態を守っているのだと言う。1970~80年代、武陵農場ではキャベツや桃などの高山植物を大量に栽培していたが、現在は美しい桜の名所となっている。こうした変化も実はタイワンマスのおかげなのである。「武陵農場は七家湾渓の河畔にあります。タイワンマス保護の意識が高まったことで、農場の経営戦略も変わったのです」と言う。タイワンマスの生存条件が厳しいため、その棲息自体が環境の一つの指標となるのである。
タイワンマスを保護することで、農場の経営形態が変わり、台中エリアのダム集水区の環境が保護されただけではない。海外からも称賛されているのは、七家湾渓流域で5つの砂防ダムを撤去したことなのである。砂防ダムはタイワンマスの移動をさえぎるだけでなく、その棲息環境を変えてしまい、魚が台風の豪雨などから身を隠す場所がなくなってしまうのである。「日本の北海道立水産孵化場の専門家は、私たちが、どうして砂防ダムを取り壊すことができたのかと不思議がりました。水利機関との折衝が非常に難しいことを知っているからです」と廖林彦は言う。

さまざまなリソースと人材を投入し、七家湾渓でのタイワンマスの保護・回復に成功した。
環境教育の推進
「国立公園にとって自然保護と教育レジャーと研究は一体のもので、環境教育は受け身から能動的なものへと変えていくことが大切です」と鍾銘山は言う。その話によると、2011年に「環境教育法」が施行され、雪覇国立公園管理処では2013年に、同法が認定する環境教育施設となった。旅客センターでの宣伝指導の他、今は積極的に学校や地域での活動も行なっている。その中に木登りがある。雪覇国立公園では林冠の研究をしているため、その研究と周辺の学校の卒業式を結び付け、木登りをして卒業証書を受け取るようにしている。こうした活動により、生徒たちは林冠の生態を知ることとなる。2011年以降、学校での木登り活動は23回、参加者はのべ310人になる。
夏休み、武陵農場や観霧などのレジャー区域では、高校生から大学生まで3つのレベルのサマーキャンプが行なわれ、各レベル30~40人が参加する。テントでのキャンプ、登山、木登りなどの活動が行われており、非常に人気がある。さらに、汶水旅客センターでは環境教室が開かれ、ここで毎週、阿鮭の物語などが上演されている。その多様で生き生きとしたプログラムが多くの人を引き寄せている。
このほかに、三つのレジャー区周辺の先住民集落も雪覇国立公園の前線となっている。これらの集落は国立公園の範囲内ではないが、雪覇国立公園管理処ではリソースを活用し、地域における環境保護と経済発展を促進している。「エコツーリズム・トレーニングプランを通して、まず解説員を育成し、次に彼らが周辺地域や集落のリソース調査を行なうのをサポートしていきます」と鍾銘山は言う。こうした調査の後、エコツーリズムのコースやプログラムを計画する。その中で、食事や宿泊の問題がある時には、専門家に先住民集落を見てもらい、管理制度を構築して地域の資源をエコツーリズムと結び付けていく。こうすれば集落の生計も助けられ、持続可能な発展を続けることができるからだ。

雪覇国立公園での生物種保護の成果を語る同国立公園管理処の鍾銘山処長。(林格立撮影)

雪見レジャー区での木登り活動。生徒たちは楽しみながら林冠の生態に触れることができる。

雪覇国立公園管理処は周辺の先住民集落と協力して環境教育を推進している。写真は現在もタイヤル族伝統の紋面(顔の刺青)を残す国宝のヤキ・ラワさん。

雪覇国立公園内の大覇尖山から雪山までの峰々をつなぐ「聖なる稜線」。