時間との戦い
「私たちは毎年ボランティアを募って、河川全域でタイワンマスの数を数えています。七家湾渓で最も多い時は5000尾、平均で3000~5000尾を維持しています」と雪覇国立公園管理処長の鍾銘山は言う。魚の数を数える時は防寒のダイビングスーツを着なければならない。学者や専門家、それにボランティアに依頼して十数のチームで行なうのだという。
3000~5000尾というのは一つの河川では十分な数で、2006年以降は放流をやめて、七家湾渓に各種リソースを投じて自然繁殖させるようになった。だが、それでも困難な課題は多い。地球規模の極端気象の影響で、台風や洪水などによるタイワンマスの絶滅の可能性がある。そのため、七家湾渓以外の、第二、第三の支流も探している。「羅葉尾渓に続き、今年からはかつてタイワンマスの棲息が確認された合歓渓でも放流を始めます」と鍾銘山は言う。
放流する河川の選択にも難しい条件がある。標高1411メートルに徳基ダムがあるため、タイワンマスが下流に移動できず、ダム下流の標高900メートル地点では棲息できない。「ダム上流の標高1800メートルの流域も、かつてキャベツ畑が開かれたために破壊され、雨が降ると川の水が濁ってしまい、タイワンマスは生きられません」と廖林彦は言う。そこで今後3年は太魯閣国立公園と協力し、標高2800~3200メートルの合歓渓で放流する予定だ。この流域でも以前はタイワンマスの棲息が確認されている。
「なぜこれほどの人手と資金をかけて一つの生物種を守るのか、と疑問に思う人もいるでしょう」と鍾銘山は言う。タイワンマスだけを守っているように見えるかも知れないが、実は河川全体と周囲の環境や生態を守っているのだと言う。1970~80年代、武陵農場ではキャベツや桃などの高山植物を大量に栽培していたが、現在は美しい桜の名所となっている。こうした変化も実はタイワンマスのおかげなのである。「武陵農場は七家湾渓の河畔にあります。タイワンマス保護の意識が高まったことで、農場の経営戦略も変わったのです」と言う。タイワンマスの生存条件が厳しいため、その棲息自体が環境の一つの指標となるのである。
タイワンマスを保護することで、農場の経営形態が変わり、台中エリアのダム集水区の環境が保護されただけではない。海外からも称賛されているのは、七家湾渓流域で5つの砂防ダムを撤去したことなのである。砂防ダムはタイワンマスの移動をさえぎるだけでなく、その棲息環境を変えてしまい、魚が台風の豪雨などから身を隠す場所がなくなってしまうのである。「日本の北海道立水産孵化場の専門家は、私たちが、どうして砂防ダムを取り壊すことができたのかと不思議がりました。水利機関との折衝が非常に難しいことを知っているからです」と廖林彦は言う。
さまざまなリソースと人材を投入し、七家湾渓でのタイワンマスの保護・回復に成功した。