原住民族の植物暦
台湾の原住民族は、長い年月にわたって台湾で暮らし、ここの環境に適応しながら独特の文化を育んできた。「自然と共存する中、それぞれの環境における倫理規範と植物に関する知恵が確立してきた」と鄭漢文は述べている。
華人は「暦」に特別な思い入れを持ち、人々は季節の変化に合わせてさまざまな習慣を発展させてきた。一方、時計も暦もなかった時代、原住民族は自然の変化の中から季節の循環を感じ取っていた。樹木の変化も、季節を判断する材料の一つである。
例えば各地のさまざまな原住民集落において、それぞれ「台風草」とされる植物がある。蘭嶼ではムクロジ科のマトア(Pometia pinnata)の木材がカヌーに似た舟(チヌリクラン)の素材となるが、タオ族はこの植物をその年の台風の数を判断する基準としている。マトアの花がたくさん咲くと、その年は多くの台風が来るとされる。
また、ブヌンの狩人は高い山に生える松(ニイタカアカマツやタカネゴヨウなど)の新芽を見て狩猟の時期を決める。「これは一種の生物季節学の指標と言えるでしょう」と董景生は説明する。彼らは、松の新芽が伸びる時期に鹿の角が生え始めると考えているのである。
また、農閑期となる秋から冬の間、狩人はグーグルマップを開いて山々を行き来するが、彼らはその間、バラ目の植物の実――野生の台湾イチゴ(Fragaria hayatai)やラズベリー(Rubus formosensis)、グミ(Elaeagnus oldhamii)などを採って腹を満たす。また彼らは軽装で山に入り、周囲に生えているガマズミ(Viburnum dilatatum)やヤダケの仲間(Pseudosasa usawai)、ヒサカキ(Eurya)などを用いて猟の仕掛けを作る。また狩猟区域に自生するリンゴ(Malus doumeri)やタイワンビワ(Eriobotrya deflexa)などの実が熟していれば、その果樹の下へ餌を求めて来る大型のイノシシを狙う。さらに、彼らは周囲の樹木の高さから、ムササビが飛ぶルートを予測し、タイミングを待って猟銃で獲捕らえるのである。
さまざまな民族植物があるが、台湾の沿海地域に暮らすすべての原住民族――プユマ、カバラン、アミ、パイワン、タオ、さらに南部の平埔族にとって、デイゴ(Erythrina variegata)は極めて重要な樹木だ。
董景生によると、台湾原住民はデイゴの花が開くのを見て春の訪れを知る。カバラン族は季節に応じて海祭を行ない、タオ族はトビウオがやってくる季節を知ってトビウオ祭を行なう。デイゴの開花を見て田植えを始める集落もある。しかし、2000年前後から、外来の害虫であるデイゴヒメコバチ(Quadrastichus erythrinae)が侵入し始めた。幼虫が植物の組織中に寄生するというもので、台湾中で大規模に広がり、台湾のデイゴが絶滅の危機に瀕することとなった。
また現代文明の影響で、原住民族が植物から情報を得て狩猟や漁の時間を決めることもなくなり、民族植物とその知識は驚くべきスピードで消失していた。そこで2019年、林業試験所は「植物園方舟」という保存計画をスタートさせた。董景生も積極的にデイゴの種子を保存し、発芽したものを蘭嶼高校に送り返すなどした。本来は民族にとって日常的に存在していた植物だが、「地域社会や集落の協力を得なければ、種を保存できなくなる」と董景生は考えている。
董景生が著した台湾の民族植物に関する書籍。貴重な伝統文化を記録している。