.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
鮮やかな赤い花をつけるデイゴを通して、台湾の原住民族は季節の変化を感じ取ってきた。(董景生提供)
ツオウ族の神話では、天の神が玉山のタイワンフウ(台湾楓)の木を揺らし、落ちた実や葉からツオウの人々を創造したとされている。サイシャット族やブヌン族は植物の名を氏族の名とし、また厳格な階級制度で知られるパイワン族は、植物の種子を意味するvusamという言葉で部族の指導者や家の後継者を敬う。長い年月にわたって台湾の環境に親しんできた原住民族は、彼らより後から台湾に移り住んだ漢人が及びもしない豊かな植物の知恵を持っている。
台北市西蔵路沿いに並ぶ、あまり人目を引かないデイゴの木々に導かれるようにして、私たちは民族植物学者で林業試験所研究員の董景生の研究室を訪ねた。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
台湾のデイゴの木は、外来種であるデイゴヒメコバチの侵入によって大打撃を受けた。写真は、董景生(左から2人目)が保護して育てたデイゴを花蓮県豊浜の新社集落へ届けた時の様子。(董景生提供)
植物にも魂がある
民族植物学とは、民族学と人類学、植物学を統合した異分野横断的な学問だと董景生は説明する。長年にわたって台湾原住民の集落を訪ね歩いてきた彼は、2000年に南澳を起点にして原住民植物の研究を始め、『緑色葛蕾扇:南澳泰雅(タイヤル)的民族植物』『走山拉姆岸:中央山脈布農(ブヌン)民族植物』『邦査米阿労:東台湾阿美(アミ)民族植物』『串起奔噶艾:魯凱(ルカイ)下三社群民族植物』『婆娑伊那萬:蘭嶼達悟(タオ)的民族植物』などを執筆してきた。
「万物には魂があり、植物も例外ではない」というのが、多くの民族植物学者が先住民植物を論じる時の重要な概念である。董景生によると、先住民族にとっては、植物も人間と同じように魂と知恵を持つ存在であり、植物と人間は平等で、互いにコミュニケーションがとれる。先住民族の猟師は獲物にも敬意をもって接する。
著名な教育者で民族植物学者でもある鄭漢文は、著書『有霊・原民植物智慧』の中に、ブヌン族に伝わる次のような伝説を紹介している。――昔、ブヌンの人々はさまざまな木材を利用していた。ニイタカアカマツ、アベマキ、ケヤキなどの植物は常に集落の周囲に自生していた。ある日、集落の一人の女性が、つまらないことで樹木をののしったところ、木々は怒って次々と去って行ってしまった。木々は種類ごとに違う場所へ移動していき、ニイタカアカマツは崖へ移り、アベマキは分厚く硬い樹皮を持つようになった。
科学を学んだ者として、董景生はこうした伝説を理性的に解釈する。多くの集落には「樹木が去っていく」というさまざまな伝説がある。「ブヌンの人々はもともと高山で暮らしてきたため、こうした物語は、樹木は種類によって生長が異なり、垂直分布しているという特性を伝えているとも解釈できます」と言う。
さらに信じがたい伝説や風習もある。例えばウルシ科のハゼノキ(Rhus succedanea)は人の皮膚にかぶれを起こす。董景生によると、かつて南澳のタイヤルの集落でフィールドワークを行なっていた時、現地の長老から、ハゼノキのそばを通る時にタイヤルの人々は名前を交換する儀式として「あなたは〇〇(自分の名前)、私はvaga(タイヤル語でハゼノキの意味)と唱えながら通るとかぶれない、と言われたことがあるという。現代人には信じられないことだが、ハゼノキに対して強いアレルギーを持つ学者が、その木の下を通る時に、その通りにしてみたところ、かぶれが出なかったのを目にしたことがあるそうだ。「これが心理作用なのか迷信なのか、区別がつくでしょうか」と董景生は問いかける。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
絶滅の危機に瀕したからこそ、さらに貴重なものとなったデイゴの種子。
原住民族の植物暦
台湾の原住民族は、長い年月にわたって台湾で暮らし、ここの環境に適応しながら独特の文化を育んできた。「自然と共存する中、それぞれの環境における倫理規範と植物に関する知恵が確立してきた」と鄭漢文は述べている。
華人は「暦」に特別な思い入れを持ち、人々は季節の変化に合わせてさまざまな習慣を発展させてきた。一方、時計も暦もなかった時代、原住民族は自然の変化の中から季節の循環を感じ取っていた。樹木の変化も、季節を判断する材料の一つである。
例えば各地のさまざまな原住民集落において、それぞれ「台風草」とされる植物がある。蘭嶼ではムクロジ科のマトア(Pometia pinnata)の木材がカヌーに似た舟(チヌリクラン)の素材となるが、タオ族はこの植物をその年の台風の数を判断する基準としている。マトアの花がたくさん咲くと、その年は多くの台風が来るとされる。
また、ブヌンの狩人は高い山に生える松(ニイタカアカマツやタカネゴヨウなど)の新芽を見て狩猟の時期を決める。「これは一種の生物季節学の指標と言えるでしょう」と董景生は説明する。彼らは、松の新芽が伸びる時期に鹿の角が生え始めると考えているのである。
また、農閑期となる秋から冬の間、狩人はグーグルマップを開いて山々を行き来するが、彼らはその間、バラ目の植物の実――野生の台湾イチゴ(Fragaria hayatai)やラズベリー(Rubus formosensis)、グミ(Elaeagnus oldhamii)などを採って腹を満たす。また彼らは軽装で山に入り、周囲に生えているガマズミ(Viburnum dilatatum)やヤダケの仲間(Pseudosasa usawai)、ヒサカキ(Eurya)などを用いて猟の仕掛けを作る。また狩猟区域に自生するリンゴ(Malus doumeri)やタイワンビワ(Eriobotrya deflexa)などの実が熟していれば、その果樹の下へ餌を求めて来る大型のイノシシを狙う。さらに、彼らは周囲の樹木の高さから、ムササビが飛ぶルートを予測し、タイミングを待って猟銃で獲捕らえるのである。
さまざまな民族植物があるが、台湾の沿海地域に暮らすすべての原住民族――プユマ、カバラン、アミ、パイワン、タオ、さらに南部の平埔族にとって、デイゴ(Erythrina variegata)は極めて重要な樹木だ。
董景生によると、台湾原住民はデイゴの花が開くのを見て春の訪れを知る。カバラン族は季節に応じて海祭を行ない、タオ族はトビウオがやってくる季節を知ってトビウオ祭を行なう。デイゴの開花を見て田植えを始める集落もある。しかし、2000年前後から、外来の害虫であるデイゴヒメコバチ(Quadrastichus erythrinae)が侵入し始めた。幼虫が植物の組織中に寄生するというもので、台湾中で大規模に広がり、台湾のデイゴが絶滅の危機に瀕することとなった。
また現代文明の影響で、原住民族が植物から情報を得て狩猟や漁の時間を決めることもなくなり、民族植物とその知識は驚くべきスピードで消失していた。そこで2019年、林業試験所は「植物園方舟」という保存計画をスタートさせた。董景生も積極的にデイゴの種子を保存し、発芽したものを蘭嶼高校に送り返すなどした。本来は民族にとって日常的に存在していた植物だが、「地域社会や集落の協力を得なければ、種を保存できなくなる」と董景生は考えている。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
董景生が著した台湾の民族植物に関する書籍。貴重な伝統文化を記録している。
実用的な価値から魂の交流へ
多くの研究は民族植物の応用の価値に着目しているが、董景生は、人と樹木の交流には精神的、哲学的なレベルがあると言う。このような現象は、原住民族の間にだけ見られるわけではなく、あらゆる民族の中にある。
現代の台湾の民間においても、大樹には魂があると信じられており、樹木を神として祀る伝統がある。日本統治時代、台湾総督府に属する中央研究所林業部(後の林業試験所)の初代部長だった金平亮三は台湾人の樹木信仰に関する大規模な調査を行ない、「台湾人の樹木に対する迷信」という文章にまとめた。その中には多くの不思議な内容が記録されている。――子供が入学する時には松脂を孔子像に捧げると子供の知力が増す、端午節に家の門にガジュマルの枝を刺せば水に溺れない、ウルシを薪に使うとその家は貧しくなる、リュウガンが早く熟すと、その年は戦争や禍が起こる、などといった内容だ。
近年でも、カナダの森林生態学者、スザンヌ・シマード教授は、著書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』の中で、自身の経験を交えつつ、魂を持つかのような大樹と人が神秘的で温かい交流をする様子を描いている。アメリカの作家リチャード・パワーズの『オーバーストーリー』は、人と樹木の複雑な歴史を語る一冊だ。映画『アバター』にもアメリカ大陸やアフリカの先住民の植物伝説が取り入れられている。
樹木との結びつきは、人々を美しい大自然と触れ合う道へと導いてくれる。忘れ去られて久しい文化の記憶を呼び覚ますだけでなく、自然や原始、未知への畏敬の念を抱かせるのである。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
ニイタカアカマツは原住民族の猟師たちが季節の変化を判断する重要な指標である。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
ブヌン族の猟師は、タカネゴヨウを観察して狩猟の時機を決める。(董景生提供)
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
蘭嶼に暮らすタオ族の人々は、サガリバナには悪霊が棲むとしてタブー視している。(董景生提供)
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
原住民族が好んで食用する、強い香りを放つカラスザンショウ。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
狩人たちは山で狩猟をする合間に自生する真っ赤なラズベリー(Rubus foromosensis)を食べる。(董景生提供)
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
原住民族は山野に自生している植物を香辛料として用いる。写真はブヌンとアミの人々がよく使う台湾肉桂(Cinnamomum insulari-montanum)。辛味と香りがある。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
タイワンモクゲンジは街路樹として台湾の各所で見られるが、ツオウ族はこの植物の変化を通して季節を判断してきた。