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台湾をめぐる

アミ族の食卓を彩る 山と海のめぐみ

アミ族の食卓を彩る 山と海のめぐみ

東海岸の豊浜と長浜

文・蘇俐穎  写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

3月 2023

集落に暮らす陳立年さんとともに歩いてアミ族の文化に触れていく。

クジラ色の大海原から波が打ち寄せる。山沿いに色とりどりの家が並ぶ原住民の集落には、海を見下ろす小さな教会がいくつも建っている。都会に暮らす人にとっては、海外より遠く感じられる東海岸の双浜(花蓮県の豊浜と台東県の長浜の一帯)だ。誰もが知っているような有名な観光スポットはないが、ここに流れる静かで穏やかな時間が旅人をひきつけ、多くの人が幾度も訪れている。

双浜(豊浜と長浜)へ行く近道はなく、台北からは車で少なくとも3時間の道のりである。最初に到着したのは花蓮県豊浜の豊富集落で、頭目の家で昼食をいただいた。シカクマメの和え物、イシクラゲとカタツムリの炒め物、そしてさまざまな野菜の入ったスープである。

「アミ族は、空のものは飛行機、陸のものは自動車、海のものは潜水艦以外なら、何でも食べますよ」と食事をともにした集落の陳立年さんは言う。「草を食べる民族」と呼ばれるアミ族の人々は、農耕文化も持っているが、日常の食材は身近なところから得ている。都市に暮らす人々が多少なりとも冷凍食品に頼っているのに対し、陳立年さんは、アミ族の冷蔵庫は山と海にあり、冷凍したものは質が落ちると言う。

豊富集落にはコーヒーの香りが漂い、これを求めて多くの人が訪れる。

オーストロネシアの世界へ

食後、私たちは陳立年さんについて山へ入った。「できるだけゆっくり歩いてください。平地を歩く時の3分の1のスピードで」と言う。身軽な服装の彼は、入山前に軽く口笛を吹く。風を引き寄せて一緒に行くためだと言う。

「ここでは、皆さんの知らないオーストロネシア文化に触れることができます」と陳さんは言う。地元の人々も「家屋の方が人口より多い」と言う集落は、閉鎖的なように見えるが、実は大海原の向こうのもう一つの世界とつながっているのである。人類学の研究によると、ここはオーストロネシア系諸族の発祥地で、ニュージーランドのマオリの人々も、毎年のようにここへ祖先を拝みに来るのである。

私たちは陳さんに従って「森の深み」へと入っていく。イノシシの穴やヤギの通り道、サルの糞、センザンコウが食べ残したアリ塚などを見つけた。また、アミ族がカヌーの素材にするパンノキやケガキ、集落の女性たちが好んで採るエレファントグラスなどにも触れられる。

標高362メートルの中腹まで登ると、コーヒーの香りが漂ってきて、豊富集落の頭目である許永哲さんと妻の葉美珠さんが耕した農地がある。十数年前、彼らは台北で退職して故郷へ帰り、山の中の2ヘクタールほどの土地にコーヒーの木を植えた。ここで採れるコーヒー豆の味わいはすっきりしていて、娘の許清娟さんが「海岸珈琲」というブランドを打ち立て、台湾東海岸でもユニークなコーヒー農園となった。林の中、炭火焙煎の香りがただよい、多くの人が集落を訪れるきっかけになっている。

大自然の中でコーヒー豆の炭火焙煎を体験できる。

伝統食から変化した白いカタツムリ

私たちは豊富集落を後にし、南の台東県長浜に向かった。ここには台湾で唯一白玉蝸牛(白いアフリカマイマイ)を養殖するAWOS農場がある。私たちはカタツムリのサンドイッチをほおばり、農場主である文宏程さんのお話をうかがった。

アミ族の彼は、家族が農業をしていて幼い頃から父親と一緒に農作業をしていた。「夏の朝は、鍋と米だけを持って畑に行き、昼になると畑で捕れたカタツムリやカエル、それに近くに生えているベニバナボロギクをおかずにご飯を食べたものです」と言う。

大人になって故郷を離れていた彼は5年前に帰郷し、カタツムリの経済価値が高いことを知ってこれを事業にすることを決めた。だが、彼が養殖しているのは原住民がよく食べる黒いカタツムリではなく、柔らかくて上品な風味で陸のアワビと呼ばれる白玉蝸牛だ。「食べると淡い青草の香りがします」と言い、フランス人にも愛されている品種である。

文宏程さんは、模索しつつ養殖方法を編み出した。畑を区画して、成長段階ごとに分け、飼料には自分の畑で採れたサツマイモの葉やパパイヤ、それに米ぬかやおから、牡蠣殻などを合わせてバランスよく与えている。

年間の収穫量は300万匹で、販売するためにまず体型によって5つのランクに分ける。小さいものは焼酎螺、一般ランクは中華の炒め物用、その上のランクは洋食のグラタン用、そして30グラムを超える特級ランクは洋食レストランに提供される。これらを処理して整理した後、マイナス65℃の大型冷凍庫に保存し、一年中供給する。

文宏程さんが経営するAWOS農場は、台湾で唯一、白玉蝸牛(白いアフリカマイマイ)を養殖する農場だ。

食べ物は風土

「あなたの暮らしは、遠くから来た私にとっての風景」と旅を形容する人がいるが、双浜の旅ではこれを実感できる。特別な景勝地やスポットはないが、日常のせわしない生活を離れ、アミ族特有の暮らしを体験することができるのである。「ここでは、のんびりして食事をするだけ」と語るのは、双浜地区で最高級のフレンチレストランSinasera 24の楊柏偉シェフだ。

実際、一度の食事を十分に楽しむだけで、その土地の風土に触れることができる。これが楊柏偉シェフがレストランを開いた動機でもある。彼は地元出身ではなく、代替役で長浜中学に勤務していた時にこの土地との縁ができた。もともと三ツ星レストランで働いていた彼は、竹南湖集落のリゾートホテルに招かれ、ここへ赴任してきた。

そしてホテルの1階に正式なフレンチレストランを開いた。Sinasera 24のSinaseraというのはアミ語で「大地」を意味し、24は「24節気」のことである。フランス料理はもともと地域の風土を活かすことに重きを置いている。そこで彼は、3時間にわたる食事の時間を五感で感じる文化の宴ととらえ、それによりレストランは地元の物産を味わう場となったのである。

例えば楊柏偉さんが率先して使い始めたアフリカマイマイはアミ族の食文化であり、現地の気候や物産の特徴を表している。AWOSは台湾で唯一このカタツムリを養殖する農場で、質が良いだけでなく、文宏程さんが言う通り、長浜の安定した気候の恵みを受けている。

「ここはカタツムリ養殖に最も適した場所かも知れません」と文宏程さんは言う。変温動物のカタツムリは、気温の変化が大きいと死んでしまう。それが長浜では冬の寒い時期でも気温差は6~8℃なので、カタツムリにとっては非常に過ごしやすいのである。

パパイヤやカボチャを主食とする白玉蝸牛は柔らかく、青い草の香りがする。

地元の農家や工房をつなぐ

このように、楊柏偉さんは地元の各地を訪ね歩き、この地域でしか見られない食材を探した。上記のカタツムリの他、太平洋の海水で作った海塩、市場ではほとんど見られない柴焼黒糖、南渓集落で採れる苦茶油(カメリアオイル)、台坂集落のウナギ、鳳林のイチゴなどだ。

楊シェフは、レストランと農家や工房などは、魚と水、水と魚の関係だと考える。レストランから注文を出して購入するだけではない。彼はしばしば厨房のチームを率いて産地を見学に訪れ、栽培方法や製造工程、現地の文化などを理解し、食べ方などの知識も得ている。

こうした行動は、イタリアから始まったスローフード運動の精神に合致する。一軒のレストランと農家をつなげば、小さな産業エコシステムが生まれる。スローフード行動によって、消費者は実際に地元の小規模生産者を支えることができ、現地の伝統文化をつないでいくこともできる。

白玉蝸牛のサブマリンサンドイッチ。

野性味を高級料理に

Sinasera 24のテーブルに就いてまず驚かされるのは、東海岸の原住民集落がフランスと呼応していることだ。フランス料理では「現地の、旬のものを食す」とされ、それはまさに自然のリズムに従うアミ族の生活態度でもある。違うのはディテールへのこだわりである。アミ族の料理は、豊富集落の頭目の家でいただいたような、和え物や炒め物、煮物などが中心だ。

「ワイルドなんです」とアミ族の料理を形容するのは、Sinasera 24に塩を提供する蔡利木さんだ。ワイルドと言うのは、天然の食材をあまり手をかけずに調理し、本来の味のまま食べることである。蔡利木さんによると、かつて集落がまだ豊かでなかった頃は、炒め油も十分になく、塩だけで食べることも多かったそうだ。こうした経験から、彼は長老に教えを請い、海水を煮込んで塩を作る技術を習得したのである。

原住民の飲食がワイルドで原始的なのに対し、楊柏偉さんが作る料理は繊細かつ華麗で、まったく逆の方向性を持つ。彼は白い食器をキャンバスに、料理をアートとして提供する。自然の変化に従って田畑で育まれた素材が作品となる。

「毎日出勤する道で、田んぼの稲穂がふくらみ、ローゼルの花が開くのを目にします。港へ行けば旬のタチウオや海藻があり、どんな食材を使うべきか、大自然が教えてくれるのです」と楊柏偉シェフは言う。こうしたインスピレーションは、生活リズムの速い現代社会ではなかなか得られないものだ。「もし都会にいたら、季節の変化を感じさせてくれるのは果物屋くらいかもしれませんが、果物屋でも一年中同じフルーツを陳列しているのです」

ただ、彼は原住民らしい料理を出すつもりはなく、地元食材を定番のフレンチのメニューに取り入れる。パンにつけるオリーブオイルを苦茶油に替え、カヌレにはバニラビーンズではなく、月桃(ゲットウ)の種子を使う。さらに、馬告(アオモジ)や刺葱(カラスザンショウ)、苦茄(ヒラナス)、香檸(シークワーサー)といった風味の強い食材も用いるが、さまざまなソースと合わせることで食べやすい料理にする。

この冬、レストランでは今までにないジビエ料理を出した。この料理を通してフレンチのジビエ文化に敬意を表すとともに、アミ族の冬の狩猟文化を示したいと考えたのである。ウサギや蜂の子、ダチョウ、マガモなどを味わえば、台湾東海岸の山と海が目の前に広がる。

繊細で華麗なSinasera 24の料理は、フランス文化とアミ族文化の対話でもある。

Sinasera 24の楊柏偉シェフ。

集落の長老から海塩の作り方を学んだ蔡利木さんは、海水を炒める伝統的な方法で天然塩を作っている。

Sinasera 24の行動によって、めずらしい素朴な食材が掘り起こされ、フレンチのテーブルを彩るようになった。写真はピラミッド型の結晶になった手作りの海塩。