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台湾をめぐる

大地の美がよみがえる

大地の美がよみがえる

――茶籽堂の油茶復興への道

文・曾蘭淑  写真・林旻萱 翻訳・山口 雪菜

3月 2025

世界中の多くの僻遠地域は高齢化と人口流出にさらされている。しかし、宜蘭県の小さな町では新たな物語が始まった。その背後にあるのは「苦茶油(茶の実オイル、カメリア油)復興計画」である。

宜蘭県蘇澳鎮の南に位置する南澳。鉄道で通っても蘇花公路を走っていても、見逃しがちな小さな町である。

ところがここ数年、南澳の朝陽地域を訪ねる旅が、旅行好きの間で話題になっている。台湾で最後に開かれた朝陽漁港から海を眺めて捕れたての魚を買い、続いて太平洋を望む朝陽国家歩道(ハイキングコース)を歩き、最後に朝陽社区発展協会が経営するレストランで海鮮料理を楽しむ。この半日で巡れる小さな町に移住して二拠点生活を送るノマドワーカーもいる。

茶籽堂は原材料取得のために朝陽地域に根を下ろし、高い専門性を活かして1+1で2より大きな成果を上げていると語る張瑋珊さん。

茶の実の自給率を高める

朝陽路には、茶の実オイルやそれを使ったバス用品などを扱うブランド「茶籽堂」の店舗がある。ここでは電動自転車やキャンプ用の椅子を貸し出しており、ここを拠点に見学に訪れる企業もある。茶籽堂サステナビリティ・ディレクターの張瑋珊さんは「初めて朝陽地域を訪れた人には、少しでも長く滞在してほしいのです」と言う。

朝陽地域は日本統治時代には樟脳産業で栄えたが、産業が衰退するにつれて人口が流出してきた。人口は500人余りだが、実際に常住している人は200人に満たない。

衰退する静かな町には、放置された田畑がたくさんあったが、ここが茶籽堂が契約する油茶(ユチャ)農家の主力になった。

2014年、苦茶粉(茶の実オイルを搾った後の副産物)を使ってバス用品を製造販売する茶籽堂は、供給業者が提供する苦茶粉の大半が輸入品であることを知った。創業者の趙文豪さんが調べたところ、台湾における油茶の実の自給率は10%に満たないことがわかった。

そこで2016年、趙文豪さんは農業チームを立ち上げて台湾各地を調査し、その調査結果を『風土痣特刊:尋油記』にまとめて出版した。そして油茶粉の原料を100%国産にするために、「苦茶油復興計画」を立て、契約栽培の方法で油茶の栽培を推進し始めた。

シェアオフィス「Naniwa House 1」は、ノマドワーカーの二拠点生活を奨励している。

栽培地の復興

油茶の栽培を推進し始めたのはいいが、その種子が採れるようになるまで5年かかることがわかり、それが大きなハードルになった。

そこで農家に安心して栽培してもらうために、茶籽堂は種子が多く実るタイプの苗木を無料で提供し、それが枯れてしまった時は補充するという約束で契約栽培に取り組んでもらった。栽培の過程では、専門家が栽培管理の支援や訓練を行ない、水不足や台風災害などの指導を通して農家が自信を持てるようにした。そうして収穫された油茶の実は、茶籽堂が市場価格より高い値で買い取り、農家の収益を保障したのである。

最初の収穫までの5年間、彼らは農家の視察などを手配して栽培技術を高めてきた。専門家として寄り添ってきた楊博宇さんによると、最近は気候変動や干害などの問題もあり、結実率や搾油率を高めるためにデジタルモニタリング設備と精密灌漑システムを導入した。これによって高齢の農家も子供たちに「うちはプロの農家だ」と誇れるようになったのである。

こうしてさまざまなサポートを行なってきたた結果、朝陽地域での契約栽培面積は2016年の5ヘクタールから2024年には17.8ヘクタールにまで拡大した。

「双方にとって良いことです」と茶籽堂の張瑋珊さんは言う。契約栽培に収支バランスを見出せれば、双方に有利な運営が可能になるのだ。茶籽堂ではさらに花蓮県の崙山や嘉義県の阿里山でも農家と契約し、作付面積は2015年の23ヘクタールから40.3ヘクタールまで増えた。現在では1万3760本の油茶の木が植えられており、茶の実の自給率15%という目標へと邁進している。

油茶(ユチャ、アブラツバキ)の枝に開く小さな花。

サステナブルな農業の復興

無料で苗木を提供し、高値での買取りを保障するといった茶籽堂の手法は、一般の企業のやり方とは大きく異なる。そこで趙文豪さんは、社会や環境に配慮しつつ、利益と公益を両立させるB Corp(B コーポレーション)の認証を取得し、実は同じような理念の企業経営者が少なからずいることを知った。ひとつの企業を長く経営していくには、自社の利益だけを追求するのではなく、関連する川上から川下まで全体が利益を得なければならないという考えだ。

当初はB Corp認証取得によるマーケティング効果を狙っていたわけではないが、この理念に賛同する社員が集まり、同じ理念を持つ異業種との協力関係も持てるようになった。例えば、茶籽堂の製品は高級ホテルの備品のシェアでトップ3に入っている。張瑋珊さんによると、台湾の油茶の実には識別性があり、これに加えて台湾原生植物であるボタンウキクサやショウナンボクなどを用いたバス用品のギフトセットは台湾のイメージを打ち出しており、外国人旅行者にとって魅力を感じる要因となっている。まさに「ローカルなものほどグローバル」ということだ。

茶籽堂にとってB Corpの価値はこれだけではない。「油茶のすべてを利用する」という理念で、従来は農業廃棄物とされてきたものを利用するだけでなく、製造プロセスによって茶の実の経済価値を高めている。

張瑋珊さんは次のように説明する。第一段階では茶の実の殻を取り除いて食用油を搾油する。第二段階では搾油した後の実の粉を家庭用洗剤に用いる。油茶の実の抽出液は天然の発泡剤となり、ハンドソープやボディシャンプーなどの原料となる。現在は、茶の実の殻の利用を研究中で、これが実現すればさらに付加価値が高まる。

茶籽堂は、たくさんの実がなるタイプの苗木を農家に無料で提供し、これによって契約栽培を促進している。(茶籽堂提供)

朝陽地域の復興

張瑋珊さんによると、契約農家には心配の種があった。すでに60~70歳の農家は、今後どれだけ続けられるのか、という不安を抱いていたのだ。

そこで栽培開始から5年目以降、毎年10月の収穫期には「家庭の日」を設け、子供の世代が故郷に帰って手伝えるように手配し、三世代で収穫する農家もある。これによって、次の世代に引き継ぎたいという農家の願いを伝え、子供の世代には油茶の栽培と他の仕事との両立の可能性を考えさせる。

茶籽堂は、イタリアのオリーブオイル農家を参考にしている。イタリアのオリーブオイル生産量は世界の10%に過ぎないが、世界的に広く知られている。もし朝陽地域を同じような油茶農園として打ち出せば、より多くの若者がUターンの道を選ぶようになるだろう。

朝陽社区発展協会はもともと漁港の傍らに一軒のレストランを持っていた。茶籽堂はその統合能力とデザインを活かし、信義房屋やDBS銀行などの企業と協力してそのレストラン「客来香」のメニューから看板まで美しく改造した。すると思いがけないことにこれがSNS映えするというので、多くの人が客来香でシーフードやタチウオのスープビーフンを食べるために南澳を訪れ始めた。レストランに人が集まるようになり、若者もUターンしてくるようになった。

ヘルシーな苦茶油(茶の実オイル、カメリア油)は、産後の回復や栄養補給、長寿のお祝いなどの料理にも用いられる。(茶籽堂提供)

苦茶油文化の復興

「私たちは原材料の生産地として朝陽地域に根を張り、専門的なサポートをして1+1が2より大きくなる成果を上げています」と張瑋珊さんは言う。放置されていた田畑で油茶の契約栽培を始め、作付面積が拡大して若者が故郷に戻ってきた。高齢化が進んでいた地域が活性化し、サステナブルな復興を実現したのである。

将来的にはさらに「苦茶油文化の復興」を進めていく。食用の苦茶油は煮物や炒め物、和え物にも使え、そのまま飲むこともできる。さらに祝い事の料理にもよく使われ、産後の栄養補給や長寿のお祝いなどの食文化が形成されている。

苦茶油文化には産地の文化も含まれる。「朝陽社区」ブランドのニンジンや米、コーヒー豆などもある。さらに地域の旅行マップを作成し、観光客が朝陽漁港やハイキングコースを歩いて半日ツアーを楽しめるようにしている。

また茶籽堂はDBS銀行と協力し、古い民家を借りて改造し、シェアオフィス「Naniwa House 1」を開設した。ここではノマドワーカーの二拠点生活を推進するとともに、1泊2日のワークショップや見学旅行にも提供しており、ドイツや日本の企業も視察に訪れている。

張瑋珊さんによると、今年(2025年)は「朝陽地域全体を一つの農園として」ミニツアーを打ち出す予定だという。契約農家の畑で茶の実の素晴らしさに触れてもらい、大地の生態系を体験してもらうツアーである。

これは「苦茶油復興計画」の予想外の成果だ。多くの観光客が訪れるようになり、地域に若者が戻ってくるようになったのである。大地からスタートして大地に返る。里海(さとうみ)の理想の暮らしと言えるだろう。

茶籽堂は「茶の実のすべてを活用する」ことでサステナビリティを実現している。

苦茶油復興計画では油茶の木を栽培するだけでなく、大地に親しむという素晴らしい価値も広めている。(茶籽堂提供)

茶籽堂は契約農家に協力し、デジタルモニタリング設備と精密灌漑システムを導入した。

南澳にある茶籽堂は、地域活動センターの役割を果たそうとしている。

油茶の実は殻を取って搾ると食用油(苦茶油、茶の実オイル)になる。(茶籽堂提供)

蘇澳鎮油茶生産販売班第一班は茶籽堂から乗用型除草機の寄贈を受けた。高齢者は「楽ちんだ」と喜び、若い世代も農業体験に帰省して除草の列に加わる。(茶籽堂提供)

南澳の朝陽漁港周辺は半日ツアーにふさわしい。