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墾丁国家公園は台湾で最初に設立された国立公園で、面積は3.2万ヘクタール、海と陸地が面積の半分ずつを占める。全台湾の国立公園の中でも、訪れる観光客が最も多い。一方、澎湖南方四島国家公園の面積は3.5万ヘクタール、海域が99%を占め、玄武岩柱状節理の島があり、サンゴ礁の生態もバラエティに富んでいる。
両者が国立公園に指定された時期には30年の開きがあるが、これは台湾が海洋保全に力を注いできたことを意味する。長年にわたり保護エリアを拡張し、生態教育に力を注ぎ、一人ひとりが力を出すことで海を守っているのである。
台湾の面積は地球全体の陸地の1000分の3を占めるのみだが、海域の生物種は豊富で、世界の10分の1を占めている。「海洋生物も『野生動物』なので、保護や保全が必要です」と話すのは墾丁国家公園管理処の許書国‧副処長だ。「人々の考え方が変わり、多くの人の努力によって、台湾の海もしだいによみがえりつつあります」
墾丁国家公園の保全巡視員である陳栄祥(右)と、長年のパートナーで息のぴったり合った船長の郭志弘(左)。
広大な管轄範囲
墾丁国家公園に勤務して32年になる陳栄祥は、南湾で生まれ育った漁師の3代目だ。20歳過ぎで墾丁国家公園の初期のメンバーに加わり、海巡員から保全巡視員まで務めてきた。
漁師の立場から、海を守る立場へと変わった陳栄祥は、地元の漁師と国家公園管理処との間の懸け橋となり、全力で漁業者の業態転換に協力してきた。「私のように海辺に暮す者は、何から何まで管轄しています」と陳栄祥は笑う。墾丁の巡視員の仕事は言葉通り海から山まですべてを見る。警察と協力して山地での密猟や盗伐を、海では違法の漁を取り締まり、救難、山の清掃、ビーチクリーン、生態記録、動物救護、サンゴ礁保全、観光客とのコミュニケーションまで、すべてが巡視員の仕事だ。
同じく海辺に暮らし、広い範囲を管轄しているのは澎湖南方四島国家公園の巡視員だ。
「澎湖南方四島国家公園は設立7年、東嶼坪、西嶼坪、東吉島、西吉島と付近の9の礁を管轄しています。海域は広く、気候は変化に富み、島嶼が多いので、巡視員の仕事と体制は墾丁とは異なります」と話すのは海洋国家公園管理処東吉管理ステーションの朱巧雯主任だ。「巡視員は、外来の船が越境して密漁していないか、本国の漁船が違法操業をしていないかを巡視し、発見したら海岸巡防署や国家公園警察に通報します。また海や陸でのレジャー施設の確認もします」そこで異常が発見されれば管理ステーションに報告し、業者に補修を依頼する。
澎湖南方四島国家公園の第一期巡視員の3人は全員地元出身だ。幼い頃から海に親しんできた彼らは、故郷とその周辺の海が国立公園に指定されたと知り、従来の仕事や漁業をやめて、愛する海を守るために応募した。
「後に、南方四島の巡視員は地元出身者にやってもらうのがよいことが分かりました」と朱巧雯は言う。「この一帯は外部との交通が非常に不便なので、地元の人でなければローテーションが組めません。また、これらの島々や周辺海域、海の気候についても熟知している必要があるからです」と言う。例えば、ベテラン猟師から巡視員になった林順泰は、60年にわたる海での経験があるため、安心して仕事を任せられる。さらに地元漁師や島民とのコミュニケーション能力も重要である。「お互いに同郷という親しみやすさがあるので、理解し合えるのです」
サンゴ礁の上のゴミを回収するためには、ネットの袋を持って潜り、手で拾い集めなければならない。大型のゴミには記号を縛り付け、別途船で回収する。
漁師から海との共生へ
「最初は本当に大変でした。墾丁の何世代にもわたる漁師たちに、突然法令を守ってもらおうというのですから、最初はなかなか説得できませんでした」と話す陳栄祥は、毎日漁師たちを訪ねて話し合い、サンゴ礁を破壊する底引き網漁をやめ、環境にやさしい方法に変えるよう説得を重ね、また他の収入源を確保するためにも協力してきた。海洋保全に関する研究が進み、若い世代の影響もあって、漁師たちも海との共生を受け入れるようになっていった。
墾丁国家公園の海岸線は全長75キロ、すべて熱帯地域に属し、河口は少ないため、水質‧水温などの条件面で「海の熱帯雨林」と言われる造礁サンゴの生育にふさわしい。サンゴ礁が占めるのは海洋面積の0.2%だけだが、それが海洋生物の4分の1を育んでおり、海にとっては欠かすことのできない生態エリアである。台湾大学海洋研究所の調査によると、世界の造礁サンゴの種類は1000種ほどで、台湾にはそのうち300種が生息、その多くが恒春半島南方の海域に集中している。ここのサンゴ礁生態系が、全台湾の魚種の40%を超える1100種を育んでいる。
墾丁は観光が盛んで、多くの漁業者が民宿経営や生態ガイドへと転業し、あるいは資格を取ってダイビングインストラクターとなり、観光客に墾丁の豊かな海を紹介している。今も漁業を行なっている人も規則に従って申請し、サステナビリティにかなった方法で操業しており、誰もが海の守護者となっている。「彼らはビーチクリーン活動に協力し、観光客やダイバーに注意を促してくれますし、保護の必要な生物や違法な漁船を見つけた時にはすぐに通報してくれます」と陳栄祥は言う。こうして民間人が海を守る仲間に加わることで、墾丁の結束力も高まっている。
一方、離島である澎湖の漁師は墾丁の漁師より伝統的な漁法に依存してきた。そこで海洋学者が政府の委託を受けて澎湖南方四島を2年近く調査したところ、次のような発見があった。この海域では地形によって湧昇流が起きており、栄養物質が豊富なためサンゴ礁の生長に適し、それが生物多様性に大きく貢献している。また三つの海流がここを通っていることから、南北の多様な魚類が繁殖している。加えて寒害がないため、台湾海域の「遺伝資源バンク」となり得、台湾の海洋生態系の回復に役立つと考えられる。
そこで海洋管理処は澎湖県と話し合い、季節や海流、生物種などを考慮して、機能別に区域を分けることにした。この海域の生態を保全しつつ漁業も発展させるという持続可能な共存を実現するためである。澎湖南方四島の観光発展の可能性を見込んで、漁業者の多くも事業の転換を開始した。黒い玄武岩の島の景観や大自然が生み出した天然の海蝕洞などの観光が可能で、船やカヤックで東嶼坪と東吉嶼の浅瀬を訪れてスノーケリングでサンゴ礁を観察することもできる。
「島の人々は故郷を非常に大切にしています」と朱巧雯は言う。今も漁業が生計の中心だが、島民たちは海や島に対して特別な思いを抱いており、持続可能な海洋資源という考えを受け入れ、活かしていこうとしている。
これから潜水して海底の清掃に当たるボランティアに、それぞれの担当エリアや注意事項を説明する陳栄祥(中央)。
最前線で働く
「着任して間もない頃、スタッフを率いてロープで大尖山に登り、たくさんのゴミを拾いました」と陳栄祥は言う。当時、大尖山への登山は禁止されておらず、墾丁を訪れる観光客に人気のコースの一つだった。「山の清掃が終わると、次は海辺の岩礁のゴミを拾い、その後は海に潜って海底のゴミを集めました」と言う。
環境保全の概念が広まる前、海と陸の生態の最大の敵はゴミや廃棄物だった。「今はずいぶんよくなり、観光客の多くがゴミを持ち返ります。墾丁の今の問題は、海流や風で流されてくる『他の人のゴミ』です。台風の後などは南の海のゴミが岸に打ち上げられたり、浅海に堆積し、一週間をかけても拾いきれません」と言う。
さまざまな機関と共同で海洋生物を保護するのも重要な仕事の一つだ。人間の活動と大自然が衝突することもあるが、現在は台湾の大部分の人が海の生命を尊重しており、最近はカニの安全な道路横断の任務も成功するようになった。
墾丁は世界公認の陸ガニの一大生息地だ。65種以上が記録されており、その多様性は世界一である。毎年旧暦の6月から10月は卵を抱えた雌ガニが命を懸けて墾丁の道路を渡って海岸へ産卵しに行く季節である。墾丁で「カニに道を譲る」活動が始まってから、管制時間になると人々は車を止め、数千にのぼるカニに道を譲り、命を引き継ぐための大移動を見守るようになった。
現在は、9割以上の陸ガニが安全に産卵できるようになり、新しい品種も次々と発見されている。例えばに国立中山大学でカニの生態を研究する李政璋は2020年、国際的な学術誌に論文を発表、5つの新品種に命名し、台湾で初めて発見された陸ガニ2種を発表した。「これは墾丁国家公園が自力でできることではなく、自然を愛する多くの人が一緒に成し遂げたことです」と陳栄祥は言い、人々の考え方は変えられると語る。
空の様子も変わってきた。許書国はこう話す。「墾丁は200種以上の渡り鳥が必ず通るコースです。『守るために距離を置く』という考えが普及したおかげで、今は数万羽のサシバやアカハラダカ、シラサギなどが墾丁で休息を取り、南へ向かう姿が見られるようになりました」
巡視員の仕事で最も辛いのは、ダイバーや観光客の救助である。「海は広く、さまざまな流れがあるので救助活動は困難を極めます。常に注意を呼び掛けていますが、数年ごとに映画の真似をして海に突き出した岩礁から飛び込んで戻ってこられなくなる人がいます。離岸流に流されてしまうのです」と言う。またかつて、大波が来ると呼びかけたにもかかわらず、多くの人が岸から離れようとせず、40~50人が一気に波にのまれてしまったこともある。陳栄祥は地元の業者や漁師を率いて懸命に救助し、なんとか全員を助けることができた。
「その後、墾丁では安全のための強制力のある法令が定められ、ようやくこうした事故は起こらなくなりました」57年にわたって海とともに暮らしてきた陳栄祥は、静かな海に、常に畏敬の念を抱いている。
澎湖南方四島の地元漁師だった林順泰。60年を超える大海原での経験をもって保全巡視員となり、この海域を守り続けている。(海洋国家公園管理処提供/呉明翰撮影)
海に対する責任
台湾海峡の浅瀬は海底の起伏が緩やかで、気候は温暖、地質は硬い火山岩であるため造礁サンゴの生育に向いている。この海域の保護が始まったのは比較的遅かったが、研究によると澎湖南方四島では5年ほどで保全の成果がかなり出ている。
澎湖南方四島の各エリアの環境を保全するため、東吉管理ステーションではさまざまな公的部門や企業と協力している。「海流が豊かな生物種を運んできてくれますが、海のゴミも一緒に流れてきます」四方から流れてくる海洋ゴミを処理するために、現地の人々は自発的にビーチクリーン活動をしており、また定期的なゴミ拾いを業者に委託している。
「南方四島の第一線のスタッフには、現地出身の巡視員の他に管理ステーションの職員もいます」と朱巧雯は言う。ここに駐在するスタッフの人数は多くはないが、誰もが第一線で働ける。事務処理能力はもちろんのこと、潜水もできれば島の調査もでき、突発的な事故があれば、すぐに巡視員と一緒に処理する。
船舶が座礁して油が漏れた時は、周辺が岩礁の多い浅い海域だったため巡視船も入れなかった。「そこで巡視員が豊富な経験から判断し、船長に岩礁と強い海流を避けて船を安定させるようアドバイスしておき、他の人々が岩礁によじ登り、オイルフェンスで汚染を囲い、吸収シートで油を回収しました」と語る朱巧雯は、これは生涯忘れられない経験だという。
国家公園の管轄区域内で、第一線の保護部門と巡視員は日々海岸を守っているが、全国民が保護の意識と知識を高めることこそがその後ろ盾となる。海に囲まれた台湾で、私たちは海から無数の恩恵を得ている。その海が私たちを必要としている今、台湾は動き出さなければならない。
なだらかな丘の上に突き出した大尖山は墾丁国家公園で最も目を引くランドマークだ。
強い風や気流、海流などの要因で、澎湖南方四島にはたくさんのゴミが漂着するため、管理ステーションでは外部に委託して定期的に海岸の清掃を行なっている。(海洋国家公園管理処提供/呉明翰撮影)
広大な海域と陸上の施設は、すべて澎湖南方四島巡視員の巡視範囲だ。(海洋国家公園管理処提供/呉明翰撮影)
墾丁と澎湖南方四島国家公園の海域はサンゴの生育にふさわしく、それが豊かな海の生態系を育んでいる。