
台湾に在住して50年近い米国出身の作家リチャード・W・ハーツェル(漢名、何瑞元)は「台湾の最も代表的な食べ物を挙げるなら皮蛋(ピータン)がふさわしいかもしれない」と書いている。「なにせあの真っ白な卵を黒々とした姿にするなど、外国人には思いもつかず、生み出しようもないもので、しかも独特の味わいがある」と。
皮蛋を初めて見た人は、焦げ茶色をした半透明の外見に抵抗感を抱くかもしれない。卵黄部はほぼ黒い緑に半ば固まり、卵白部はゼリーのような食感、そして濃厚な味の卵黄部には硫黄のような香りもほのかに漂う。
ハーツェルには「毀誉褒貶」と形容された皮蛋だが、豆腐と和えたり、粥に入れたり、青菜と炒めたりなどして台湾の食卓にはよく上るし、皮蛋を入れた麺の専門店もある。台中市にある麺の店「発愣吃」の皮蛋担担麺はミシュランガイドに選ばれたほどだ。

台南鴨荘レジャーファームのオーナー・蘇清発は、台湾伝統の食べ物について知ってもらおうと、皮蛋や塩漬け卵作りの体験教室を開いている。
皮蛋の伝説
『台湾光華』取材班が台南鴨荘レジャーファームを訪れると、アヒルを飼育して60年余りになるオーナーの蘇清発が、古くから伝わる話をしてくれた。昔、ある山中の小屋の竈の中に藁を焼いた灰がたっぷり残っていた。ある日アヒルがその竈の中で卵を産み、それが偶然、皮蛋になったのだという。
皮蛋は通常アヒルの卵で作るが、蘇清発の祖父や父はアヒルを放牧していた。1940~50年代には、二期作の終わった水田にアヒルを追い立て、タニシや落ちた稲穂を食べさせていた。またアヒルの排泄物は稲作の有機肥料になった。放牧は最も早くに稲の収穫を終える屏東からスタートし、だんだん北上していく。夜はアヒルを池などで休ませ、自分たちはテントを張って寝た。
蘇清発は東呉大学経済学科を卒業後、木工所で管理職として働いていたが、工場のタイ移転をきっかけに心機一転、アヒルの卵の加工を始めることにした。半ヘクタール弱の土地でアヒル1500羽を飼育し、あちこちの市場の店を回って塩漬け卵を売った。顧客開拓のため、10個買えば1個おまけしたり、通りがかった人にも1個配ったりするうちに評判が広がり、2年後には収入も安定した。

熟成した皮蛋の周りに、野草茶入りの紅土を塗ってさらに2週間置くと「青草皮蛋」になる。
化学と家伝
家業の最盛期だった1990~1995年には、台南鴨荘は1日2万個のアヒルの卵を塩漬けや皮蛋にしていた。皮蛋は、わら灰、炭酸ナトリウム、石灰などのアルカリ性物質を卵に塗ったり、その中に漬けたりすることでできる。
以前は殻の割れを防ぐために酸化鉛や硫酸銅を加えていたので「皮蛋には重金属が含まれる」と悪いイメージがつきまとった。政府によって成分の規制やサンプリング検査が行われているが、蘇清発は消費者に安心してもらうため、東呉大学化学学科卒業の友人である林繁綸の協力を仰ぎ、無鉛皮蛋を開発した。林のまとめた化学式を元に作ってみて改良を重ねたのだ。蘇清発が惜しむことなく教えてくれた配合は、わら灰100グラム、生石灰600グラム、食用アルカリ150グラム、塩20グラム、ウーロン茶150グラムで、それを卵殻に塗付し、少なくとも1ヵ月放置する。
「青草皮蛋」も開発した。息子が隣で「秘伝だ」と言うのに、蘇清発は「祖父が暑気払いに作っていた野草茶が元になっている」と成分を明かす。金合歓(スイートアカシア)、ガジュマルの気根、熊竹蘭(台湾月桃)の葉、山葡萄、タカサゴイチビを煮出した野草茶だ。それを紅土に混ぜ、すでに熟成した皮蛋の表面にその紅土を塗ってさらに2週間置くと青草皮蛋になる。
2007年、蘇清発の鴨荘はレジャーファームへと転身した。年に4万人近い客が訪れ、皮蛋や塩漬け卵の作り方などを体験する。黒く透明に輝くこの卵を、粥や麺、炒め物に加えてみてはどうだろう。さらに風味が増すに違いない。

皮蛋を作る子供たち。

皮蛋はかつて祭りや婚礼の宴席の前菜として定番だった。

皮蛋豚肉粥は台湾の日常的な料理だ。