Home

台湾をめぐる

レンカクの優雅に舞う水田

レンカクの優雅に舞う水田

生態系を守る農業

文・曾蘭淑  写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

3月 2025

台南市官田区から始まったレンカク保護活動はすでに台湾全土に広がっている。(潘桐錫撮影)

2009年、レンカクの大量死という悲劇が起こる。それをきっかけとして、環境保護を促進する一連の行動が始まった。善意と保全の取り組みに支えられ、レンカクは今や、ヒシの葉が広がる水田の上を優雅に舞っている。

早朝の嘉南平原は、冷たい朝霧が立ち込めて静寂に満ちていた。その一角、台南市官田区ではヒシの実の栽培が盛んだ。そのヒシの葉の上を、台湾で「ヒシ鳥」の別称を持つレンカクが、長い脚を伸ばし、尾を揺らして歩いている。水田にいるスクミリンゴガイや虫をねらっているのだ。

台南市の官田レンカク生態教育園区の調査によれば、同区で見られるレンカクは1998年に50羽に満たなかったのが、今では連続3年2000羽以上となり、2024年冬季には3000羽を超えて史上最高を記録した。

ヒシの殻を捨てずに乾燥させてナツメ、リュウガンといっしょに煮出すとヒシ茶が作れる。

悲劇のもたらした転機

広範囲な土地開発で生息地が破壊され、レンカクは1989年、農業部(農業省)によって第二級希少動物に指定された。台南市、台湾湿地保護連盟、野鳥学会なども、1999年にできた官田レンカク保護区(官田レンカク生態教育園区の前身)において、レンカクが暮らしやすく繁殖にも適した生息地作りに取り組み、農家にも協力してもらおうと補助金も出した。

ところが2009年にはレンカクが大量死してしまう。水田で85羽死んでいるのが発見されたのだ。原因は農薬入りの種もみを食べたことだとわかった。

実は同様の出来事はそれまでにも起こっていた。レンカクなどの水鳥の農薬摂取を避けるには、有機農業の推進が根本的な解決方法だ。しかしヒシ栽培の水田はあぜ道が極めて細く、隣の田と密接しているため、近隣からの汚染を防ぐことが難しく、それが有機栽培の認証を難しくしていた。

そこで林業署が慈心有機農業発展基金会(以下「慈心基金会」)に委託した結果、解決策として「中間路線」が考え出された。つまり、エコ農業による生息地保全に取り組む農家に「緑色保育(グリーン保全)」認証を出したり、農家に直接お願いすることで、農薬や化学肥料を用いないヒシ田を増やすことにしたのだ。

レンカクの繁殖期は4~10月で、ちょうどヒシの収穫期に当たる。

見返りのある「緑色保育」

元は型枠大工として働き、30歳で故郷に戻って農業に従事するようになった王耀文さんは、かつてヒシ田でティラピアを育てたことがあるが、農薬を散布した途端、大量のティラピアがすべて死んでしまった。2010年に慈心基金会が開いた第1回説明会を聞きに行き、その場で王さんは、環境にやさしい農業に切り替えてレンカク保護に加わろうと決心した。

今ではベテラン「緑保」(グリーン保全認証)農家である王さんが当初を振り返る。以前は化学肥料をまけば翌日にはぎっしり葉が生い茂るといった調子だったのに、有機肥料に替えてからは半月たっても効果が見えず、初年の収穫は3分の1に減ってしまった。

だが、「信じてもらえないかもしれないけれど私の経験から言って、何もしない方がかえってヒシはよく育ちます」と王さんは言う。生態系の力に任せるのが最も良い方法だと。

15年間エコ農業を続けてきた王さんは、自分も農薬にさらされる危険がなくなったと言う。また、ヒシの殻には有機ゲルマニウム化合物が含まれるため漢方薬として使いたがっていた友人は、無農薬のヒシを苦労して探し回り、最後にやっと王さんにたどり着いて喜んだ。ヒシ栽培が善行になるとは思わなかったと王さんは言う。

陳金欲さんはエコ農業を続け、収穫も年々増加している。

優れたエコ農業

官田でエコ農業に取り組むヒシ農家のうち、高い生産高を上げているのが黄文川さんだ。

黄さんの父親は台湾で初めて四つの角(ツノ、突出部)を持つ「四角ヒシ」を中国から導入した。収穫1年目は珍しさもあり、1斤(600g)30元が闇市場では40元まで値上がりするほど皆が争って買った。

黄さんの妻、陳金欲さんは9年前、慈心基金会創立者が「土地を守ることは衆生を守ること」と唱えるのを聞いて感銘を受け、エコ農業を始めた。ところが手間や苦労にもかかわらず収穫は半減、舅には大反対される始末だった。

だが次第に収穫高は伸び、そのうえ慈心基金会によって模範農家に選ばれると、舅も9年目にやっと認めてくれた。4年前には黄文川さんが郵便局を定年退職して家業に加わり、学問的思考で農業に取り組むと、2023年には10アール弱当たり2000キロ余りを収穫。従来の農法に引けを取らない成績となった。

官田ではヒシとコメの輪作が一般的で、秋から冬にかけてヒシを収穫した後、12月に稲を植える。黄さんによれば、種もみをまくという従来の方法では生えてきたものが稲か雑草か区別し難いため、彼は農機を使って畝ごとに整然と苗を植え、雑草が伸びてきたら田に水を入れる方法にこだわる。水面が草より高くなるため、雑草は伸びないのだ。また稲株同士の間隔も広いため風通しが良くなり、病害虫も少ない。

黄さんは、「光華化学」社のサイトで公表されている有機病害虫防除剤の希釈率を参考に、水と薬の量や散布時期を正確に把握して農作日記もつけており、半分の労力で倍の効果を得ている。

セイタカシギ。

「金の卵」を産むレンカク

レンカクの繁殖期は通常4~10月だ。二角ヒシは2~3月に植えられて5月によく茂り、四角ヒシは6月に植えられて7~8月に茂る。時期を分けたこの栽培方法が、レンカクが餌を捕れる時期を長くし、生息地の生命力を伸ばしている。

レンカクの生息地を守るため、台南市と農務当局は農家が行う生息地や巣の保護維持に補助金を出している。例えば2011年には、一つの巣で雛が1~2羽孵化すれば4000元、3~4羽なら8000元が支払われた。

最初、王耀文さんの妻はそれがレンカクの卵だと知らず、ほかの水鳥の卵だろうと思い、食べようと拾って帰った。ブロンズ色に輝くその卵がレンカクの卵だと気づいた王さんはすぐ妻に、「卵1個が孵化すれば4000元、5個なら2万元だよ。拾って帰ってどうするんだ」と言った。まさに「金の卵を産む」レンカクだった。

レンカクの個体数回復に伴って補助金は減額されたが、農家にとってレンカクはすでに「長期滞在者」のようなものだ。

王さんによれば、以前の方法で栽培していた頃は、道路近くの水田にレンカクが巣を作ることはなかった。だが環境にやさしい農業に替わると、どの水田にも巣を作るようになった。「きっと今は、どこでも安心できるのでしょう」

レンカクは一妻多夫制で、卵が産まれた後はオスが卵を抱いて孵化させ、メスは近くで新たなパートナーを見つけて別の巣を作る。鳥類では珍しい繁殖モデルだ。また王さんによれば、巣を守るオスの警戒心は強く、イヌやヘビが通り過ぎただけで危険を感じ、一晩のうちに3メートルほども離れた場所へと卵を移してしまう。ある年に台風が来た時などは、ほとんどのヒシが風で吹き飛ばされて水田には2株ほどしか残っていなかったが、それでもレンカクは巣を守り続けていた。巣の中には長い足をした、映画のETのような雛がいたという。

レンカク(右)とバン(左)。

生物にとっての楽園

慈心基金会の孫久恵係長は、ヒシ田の面積を増やせばレンカクの生息地も広がると指摘する。農家の鄭英華さんは使っていない養魚池を20年以上前に所有していたが、慈心基金会などから頼まれてヒシ田に作り変え、有機認証を受けた。今ではヘビやカメ、カエル、タウナギなども見かける多様な生態系を育んでいる。

農家の林丙火さんも、生息地保護を心掛けたヒシ栽培に取り組み、水田の20%の空間を利用して多様な生物のための環境を整える。ヒシ田に生える野草は人よりも背が高く、知らない人には荒れ果てた池にしか見えないが、野生生物にとってはパラダイスなのだと林さんは言う。

最初は林さんも苦労した。「主な収入はスイカの漬物を作って得ていました。それでもあきらめず8年続け、やっとヒシで利益が出るようになりました。最も大切なのは販売経路方面でのサポートです。農家と協力して多くの農産品ブランドを生んでいる林恵珊さんのサポートがあって、『緑色保育』認証マークのついたブランド『菱雉菱』としてスーパーでの販売がかないました。利益が出てこそ、生物のためにと考えてあげられるものです」

林さんは生物の生態を観察するため、六つのエリアにカメラを設置した。あぜにはシロガシラが好んでついばむパパイヤの木を植えており、シロガシラが飛んできてハムシも食べてくれる。

ハムシはヒシ農家にとって最も厄介な害虫だと言える。ヒシの葉を食べてしまうのだ。食われた葉は焦げたように黒くなってしまい、収穫量が少なくとも半分に減ってしまう。

林さんは、ハムシの好きなキダチキンバイも植えている。そんなことをすればハムシが集まってくるのではと心配する人もいるが、実はハムシにとってより美味しいキダチキンバイがあれば、ヒシの葉には害が及びにくいというわけだ。

水田にいるカメもネズミも、ヒシを好んで食べるはずだ。林さんは対策としてカメのためには空心菜を植えているという。「ネズミもスクミリンゴガイを食べてくれるなど、役に立ちます。それに生物の食物連鎖があって、空にはトビやワシがいて水田のヘビを狙っており、ヘビはネズミを食べてくれます。だから水田にいるのは、逃げるのがうまい、特に機敏なネズミだけです」

ダイサギ。

農業生態系の構築

高雄市左営区にある洲仔湿地でも、レンカク復活計画が近年進められて成果を上げている。

慈心基金会の統計によれば、2011~2024年には台湾全土で648名の農家が「緑色保育」認証を申請、その農地面積は916ヘクタールに及ぶ。また、そこで保護される希少動物は46種に達し、412の農家が生息地作りに携わる。

環境にやさしい農業はレンカクだけでなく、タイワンヤマネコ、ヒガシメンフクロウ、カワウソなどの絶滅危惧種も救う。これらすべての生物が「緑色保育」活動や政府の政策による支援の恩恵を受けているのだ。慈心基金会の蘇慕容CEOはこう語る。エコ農業は広義の有機農業に含まれ、土壌の健全性や生態系のバランス、地球温暖化の緩和に有益である。こうした取組みが農地の生物多様性を促して農業生態系が構築されることの利益は、はかり知れないと。

林丙火さんは生息地作りを心掛けたヒシ栽培に取り組み、ヒシ田を野生生物の楽園にした。

エコ農業に取り組む農家は、希少生物のために農地を生息地として提供することで生物保全の目標を達成している。左から王耀文さん、鄭英華さん、陳金欲さん、黄文川さん、林丙火さん。

エコ農業によってヒシ田はレンカクが安心して暮らせる生息地になった。(陳福順撮影)

ヒシ田で巣作り、交尾、産卵、子育てをするレンカクは「ヒシ鳥」とも呼ばれる。(陳福順撮影)