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台湾をめぐる

道なき道の果てに――

道なき道の果てに――

大自然に抱かれた「野湯」の魅力

文・陳群芳  写真・莊坤儒 翻訳・山口 雪菜

1月 2025

台東県大崙渓沿いに湧き出す轆轤温泉。壮麗な峡谷に湯けむりがただよう。(YouTubeチャンネル「烙野孩」提供)

豊富な地熱と温泉資源に恵まれた台湾では、深山幽谷や河原などに野湯(自然の中に湧き出し、商業利用されていない温泉)が隠れている。滝や絶壁に囲まれた秘境にある原始のままの野湯は、多くのアウトドア派を魅了している。

プレートの衝突によって隆起した台湾では、豊富な地下水が地中深くで熱せられ、それが断層や割れ目から湧き出してくる。特に地表でも比較的標高の低い渓谷などに野湯が見られる。

嘉南薬理大学台湾温泉・再生エネルギー研究センター准教授の陳忠偉によると、台湾には温泉が湧き出る可能性のある場所が130ヶ所ほどあり、その大部分はまだ開発されていない「野湯」だと言う。野湯の多くは谷間や岩壁、海辺などにあり、湧き出す形態はさまざまだ。変化に富んだ台湾の山は高く谷は深く、野湯の密度と多様性は世界を魅了するものである。

台東県にある金崙温泉は景色も美しく、大自然の中に赤い金崙虹橋が映える。(YouTubeチャンネル「烙野孩」提供)

移動する温泉

そのような野湯を実際に体験しようと、陳忠偉は私たちを初心者向けの金崙温泉に案内してくれた。堆積砂岩と変質岩が交わる場所にある台東県の金崙温泉は、どこに温泉があるのかわかりやすく、行きやすいので多くの観光客が訪れる。しかし、2024年の台風による大雨で渓流に大量の土砂が流れ込み、川の流れも変わったため、遠回りをしなければならない。私たちは陳忠偉の案内で何度か渓流を渡って進んでいった。すると河道の両側に他とは違う紫色の変質岩が見え、温泉の湧出口が近いことがわかる。

陳忠偉は「水がないように見えるのに水が流れ出ている場所を探してみてください」と言う。金崙は地熱が豊富で、温泉が河床の下を伏流水として流れているのである。私たちは河辺で温かい水たまりを見つけた。手で掘ってみると、底の方が温度が高い。小さな水たまりに過ぎないが、徒歩で川をさかのぼってきた後に温泉を見つけると、大きな喜びを感じるものだ。

陳忠偉によると、金崙温泉は一昨年はここから遠くない岩壁の下に大量に湧き出していて、泳げるほど大きな温泉池を形成していたという。ところが台風で湧出口がふさがれてしまったため、今回は見つけられないかもしれないと思っていたそうだ。だが、生物が何とか生きるすべを見出すように、温泉も自分で出口を探して湧き出してくる。野湯は移動するのである。

陳忠偉は、台湾の野湯の密度と多様性は世界的にも大きな魅力があると考える。

伝説の温泉

金崙温泉や紅葉温泉、芃芃温泉は初心者でも比較的見つけやすいが、もっと人里離れた深山に隠れている野湯も多く、それを見つけるのは容易ではない。

野湯探しが趣味で、「烙野孩imyeahhi」というチャンネルを運営しているYouTuberの洪子祐は、台湾で最も美しい野湯とされる台東県の栗松温泉を皮切りに、台湾で日帰りできる野湯をすべて訪れた。そしてガールフレンドの童子凌と出会った後、二人でYouTubeチャンネルを立ち上げ、野湯探索を紹介し始めた。

洪子祐によると、野湯めぐりをする人々の間では、伝説級とされる十大野湯のリストが知られている。ベテランの野湯ハンターが十数年前にまとめたもので、轆轤温泉や無双温泉などが挙げられているという。これらの野湯は到達するのが非常に難しく、百岳登山の経験を積まなければ訪れることはできない。だが2021年、ある探検隊がこのリストには書かれていない、高齢の原住民ハンターの間だけで言い伝えられてきた温泉があることを聞きつけた。叙事詩レベルの、到達が極めて難しい「塔達芬温泉」である。

洪子祐と童子凌は、重装備の登山の経験を重ね、2~3ケ月の集中訓練をしてから、2024年に花蓮県卓渓郷にある塔達芬温泉にチャレンジした。彼らは八通関越嶺道東段から山に入り、瓦拉米山荘、抱崖山荘、大分山荘を経て、4日をかけて100キロの山道を歩いた。その間には乗り越えるのも困難な急斜面などもあったが、ついに塔達芬温泉の空撮に成功したのである。

洪子祐によると、塔達芬温泉は視覚的にも非常に衝撃的な湯の滝である。滝は非常に珍しい10段もある段瀑で、しかも温泉が流れ落ちているのである。水温は高さによって違い、42~55℃だ。滝の4段目のあたりでは大量の温泉が流れ込んでいるため湯気が上がっているが、5段目より上は湯気が出ていないので、冷たい水が流れ落ちている思われる。

一般の登山では6日はかかる道なき道を4日で踏破した童子凌は、最後に登山口まで下りてきた時の感覚をこう語る。全身が悲鳴を上げ、筋肉が爆発しそうだったが、壮大な温泉を目の当たりにできて行った甲斐があった、と。山を越え、谷を越えて秘湯を発見し、大自然の中で湯につかれば、身体の疲れも吹き飛ぶ。冒険と挑戦の後の大きな達成感があればこそ、もう一度、もう一度とチャレンジを続けたくなるのであろう。

塔達芬温泉は珍しい十段の湯の滝で、到達するのは極めて難しく、叙事詩レベルの伝説の湯と言われている。(YouTubeチャンネル「烙野孩」提供)

金崙温泉に近い丹提温泉会館では温泉卵作りが楽しめる。

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台湾 野湯