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芸術と環境保護がぶつかると、どのような火花を散らすのだろうか。
世界から数多くの芸術家を迎えたことのあるバンブー・カーテン・スタジオ(竹囲工作室)は、創作と環境の持続可能性を結び付けたアートビレッジなのである。
樹梅坑渓の川を遡っていくことで、現地の住民と芸術家が交流を図り、この土地への認識を深めることができる。
台北MRTの竹囲駅の出口を通る自転車道を淡水の方向に10分ほど進んでいくと、人目に立たずにバンブー・カーテン・スタジオがある。
1995年まで、ここは荒れ果てた地鶏の養鶏場だったが、芸術家の蕭麗虹が創作の場を求めて、嫁ぎ先のこの土地を個人アトリエに改造した。そこに陳正勲と范姜明道が集まり、3人の現代陶芸家がここで創作を開始した。
ここに集まってきたアーティストは、台北市の中心にある画廊や美術館とは異なる自由な創作空間を必要としていて、彼らが自由に出入りできるように、かつては鍵までが入り口に置いてあったという。
クリエイターたちはこの800坪の空間に火をつけ、水をまき、穴を掘り、時には蟻や黴菌に襲われながら、枠を超えた芸術理念をもって実験的な創作の場に生まれ変わらせた。かつての養鶏場が自由な発表の舞台となったのである。

オランダ人アーティストのルード・マセズが、生活のさまざまなシーンを半透明の容器に描いたユーモラスなシリーズ作品「フローティング・シティ」。
空間にアートが介入
ここに広がる大きな空間は芸術家にとってチャレンジともいえる。空間にアートが介入するとは、各種の行動により芸術が様々な場に進出することであり、台湾生まれの芸術家の多くがここで育ってきた。たとえば1998年の「君、故郷より来る」連合展で、林明弘は原寸の作品を倉庫の壁一面に拡大し、後に試験的作品として世界に知られる。王文志の作品の「藤雲架屋」もここから始まった。自然環境と対話する竹とラタンを編んだ芸術は今では世界に認められている。
2003年に台北市内に華山1914文化クリエイティブ産業パークが設置され、台湾北部の国境を越えた芸術交流の場となると、バンブー・カーテン・スタジオは方向転換し、芸術工場とアートビレッジを発展モデルとして今日の姿となった。
文化建設委員会(現在の文化部)は2007年からアートビレッジ計画に補助金を提供することとし、バンブー・カーテン・スタジオでも毎年一定の人数の外国人アーティストを招き、交流するようになった。宿泊設備と創作空間などをスタジオが提供し、滞在する芸術家は台湾の文化芸術の現在の様相を知ることができる。中でも文化部が推進する翡翠計画では、東南アジアの芸術家を重点的に招待していて、またバンブー・カーテン・スタジではスウェーデンのハッランド美術館やシンガポールのアーティスト・ビレッジ、インドネシアのチェメティ・アート・ハウスなどと定期的な交流計画を実施している。
蕭麗虹は「地元で行動し、世界とつながるというのが、私たちの十数年の理念です」と語る。文化は可能性のあるもので、交流は単なる交流ではなく、地元で行動して、国外から芸術家を招き、彼らに台湾の創作手法と台湾の優れた点を見てもらおうというのである。
スタジオのチームは、2010年から、芸術創作と環境を対話させる手法や、芸術と生活を融合するこれまでとは異なる手法を模索し始めた。

(左)徐文瑞の企画による合同展「君、故郷より来る」で、林明弘は作品を壁一面に拡大した。(1988年)
環境にアートが介入
2011年からキュレーターの呉瑪悧の後押しがあって、竹園地区の河川である樹梅坑渓をテーマにして、芸術家と水を軸に一連のグリーン・アートの行動計画を展開してきた。
スタジオの運営ディレクター李暁雯は、台湾には同じような小さな川が400本余りあるが、十分な関心を寄せられていないので、こういった芸術計画を通じて周辺住民の環境に対する認識と行動を喚起できればという。生活環境に関するテーマに皆が関心を寄せ、環境意識が高まり、身近な小さな川がきれいになれば、大きな川、ひいては海がきれいになる。
山と川、都市と自然の間にあるこのスタジオは、創作活動と運営方針に、環境との対話を主要課題として盛り込んだのである。
「樹梅坑渓の環境芸術アクション」において、芸術家は付近の竹囲小学校の児童を連れて、上流から下流まで歩いていく。その中で、川の色を見て、虫や鳥の声を聴き、見聞きしたところを創作に取り入れるのである。その過程で、実は多くの子供たちは家のそばの渓流をあまり知らないことが分かった。「地元の意識を高めるには、リードする団体が必要なのです」と李暁雯は言う。竹囲小学校では、児童ばかりではなく教師も動かした。先生方はこういった教育方法を継続していき、次の世代にも受け継がせたいとしており、さらに竹囲中学校では「樹梅坑渓クラブ」が学校内に生まれた。
また呉瑪悧は、毎月一回朝食会を主催し、上流から下流までの地域住民に対話の機会を提供している。住民は朝食をとりながら、家の近くの渓流について語り、過去を振り返り、川全体の姿に広げている。朝食会にはスタジオに滞在する芸術家も参加するという。
朝食会では、上流の住民が育てた野菜を特に食材に用いて、季節ごとの地元の料理をメニューに取り入れてきた。これまで1年間、毎月続けてきた朝食会だが、中には文科系の教師や自然保護の専門家、水利整備の専門家も討論に加わり、樹梅坑渓の将来像を具体的に描き出してきた。こういった過程は映像化し、ドキュメンタリー映画を製作している。
バンブー・カーテン・スタジオでは2012年に地域劇場のイベントを開催した。地域のお年寄りの写真や、竹囲地区の物語を聞き取り、これをもとに脚本を仕上げ、現地のお年寄りを指導して舞台に出演してもらった。「誰もがこのアクションの一員なのです」と李暁雯が言う通り、彼らはより多くの住民の参加を目指している。
去年、台湾にやってきたインドネシアの芸術家Agus Tri Budiarto(Timbil)は、化学系の学科を卒業していて、インドネシアの家庭での酒造問題に関心を抱いた。そこで故国にあっては地域で正確な酒造方法を指導していたのだが、そこから水質の重要性を感じていた。水質を鑑定する方法を研究していて、台湾に来てからはニュージーランドの芸術家Andrea Selwoodと共に、竹囲小学校の児童を連れて樹梅坑渓を訪れ、そこでリトマス試験紙や集魚器を使って、水質観察を行ったのである。
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(中央)巫義堅の1998年の作品「文書Ⅵ」。
小さな川を訪れる外国の友人
シンガポールの人形劇団ザ・フィンガー・プレーヤーズは、竹囲で「阿坑」と題する人形劇を創作した。阿坑の頭の赤い飾りは樹梅の果実を表している。人形劇により、竹囲の人々の郷土の認識を深めるという公演だった。
バンブー・カーテン・スタジオは、去年もザ・フィンガー・プレーヤーズを招き、樹梅坑渓の上流にある坪頂小学校では児童と共に人形劇を創作した。さらに地元のおじいちゃん、おばあちゃんに取材し、新しい脚本「家への一通の手紙」を書きあげた。芸術家たちは、これからも人形劇の阿坑が受け継がれていくことを期待し、学校の先生たちに人形劇の技術を教えた。
自然保護に関心を抱くタイの芸術家のKongsak Gulglangdonは、かつて台湾を訪れて3週間滞在したことがある。その時に、樹梅坑渓が淡水河に合流する河口の湿地帯に数多くの鳥が生息することを発見し、さらに上流の樹上にはカササギを数多く目にして、台湾には鳥が生息できる空間が多く残されていることに感動した。そこで、もう一度台湾を訪れて、創作に当たりたいと希望した。
バンブー・カーテン・スタジオでは一連の活動やイベントを通じて地域住民と緊密な関係を構築してきて、住民もアーティストとの距離を縮めてきた。「これまで滞在した芸術家に対しては、創作手法やテーマ、メディアに制限を設けていませんでした。樹梅坑渓計画を実施してからこの二年は、環境や自然に専門性を有していて、環境芸術の創作経験を紹介できる芸術家の滞在を希望しています」と李暁雯は言う。
淡水の税関埠頭では、去年の末にグリーン・アート・アクションが開催され、ここ数年来の努力の成果を展示した。この展示にはタイの芸術家Kongsak Gulglangdonが特別にタイから8人のアーティストを連れて参加し、台湾の芸術家である林晏竹、張博涵、謝思盈と共に、環境芸術と生活をテーマに創作活動を行った。ここでも樹梅坑渓が物語が中心となったのである。
蕭麗虹は「地域にはそれぞれの事情がありますが、文化人には利害関係がないので、芸術は何らかの発言権を持つことができます。芸術の手法を用いて、私たちの住む環境のために発言できるのです」と言う。
バンブー・カーテン・スタジオの次の目標は、環境や自然保護から社会環境へと広げていくことである。芸術行動を通じて、よそから移り住んできた人々に、地域への認識を深めてもらい、社会参加を促したいと願うのである。
河口から地域の裏通りまでをカバーする、生活に根差す創作で、小さな川が参加への原動力を形作ってきた。芸術家が演ずる役割は、一時的な花火ではなく、長く地域に根付き、伝えていかなければならないものであろう。
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(右)王文志が空間に挑戦した作品「騰雲架屋」は頑丈な構造で、子供たちが空中で遊ぶことができる。

養鶏場をアートビレッジに生まれ変わらせた創設者の蕭麗虹は、バンブー・カーテン・スタジオの理念を「地元で行動し、世界とつながること」と語る。(林格立撮影)

スタジオの複合的な空間が芸術家の自由な発想を後押しする。

2002年の「都市と川の交わり——竹囲環境アートフェスティバル」から、2011年の「樹海坑渓環境アートアクション」まで、芸術と環境をつなぐ行動は続いている。

(左)タイのサンドアート作家、Kongkiat Kongchandeeも活動に参加した。(林格立撮影)

(右)2008年に水墨画家の潘羽祐がアートビレッジで創作した作品。